L'affection devient bientot heureuse. ※momoから。クリスマスの話







※「それすらも愛しい日々」の続き。12月24日の話








「今日はパンのみみ〜」
水谷が食パンの耳を手に持って庭に出た。
それは自分の朝ごはんを少しだけ残したものだ。

最近水谷は庭にパンとか果物とかを置いて小鳥を呼ぶのに凝っている。
本当はスズメやメジロなんかを呼びたいみたいなのだけれど、たまにカラスが来て「でかいのはかわいくない」ってがっかりしている。

「今日は寒いねぇ」
水谷はパンの耳をいつもの枝に設置するとそそくさと帰ってきてこたつにもぐりこんだ。
「見とかなくていいの?」
「そんなすぐにはこないもん」
しばらくこたつに入って丸まったあと、のそのそと出てきてスウェットの上からグレーのフリースの上着を着た。
バーゲンで買ってきた激安の一品なのだけれど、水谷が着ると高そうに見えるのが不思議だ。
それからコーヒーを入れてくると縁側に面した障子を少しだけ開けて、その隙間が見える位置に座った。いつもそこからじーっと庭を見ているのだ。

「あ、きた!見て見て!」と水谷に呼ばれて隣に座った。大きくないこたつに二人並ぶのは狭くて肩をくっつけて外を見る。
今日はスズメが3羽きて水谷の置いたパンの耳をつついていた。あっちこっちで引っ張るから誰も食べれないまま地面に落ちた。それをまたあっちこちからつついて、ちちちと鳴いている鳥の声を聞きながらしばらく二人で見ていた。

その視界の隅にはクリスマスツリー。
この家とクリスマスツリーは全然似合わないのだけれど、おいてみるとどこか懐かしい感じがする。それは抑えた色味の飾りだからなのかもしれない。このツリーは水谷が選んだものだ。




12月の初め。とにかくツリーを買いに行こうと水谷が言いだした。
ツリーは水谷が決めなよと言ったら、水谷は驚いたように目を瞬かせた。
「え〜!いっしょに選ぼうよ!」
「オレはいいよ、そういうのよくわかんないし。水谷がいいなって思うのを見てみたい気もするし」
「そう…?じゃ、ふみきスペシャルクリスマスエディションを見せてあげんね」
なんだそれは、と苦笑いして二人でクリスマスツリーを買いに行った。
一応予算は言っておいたけど、水谷はあんまり計算しながら買わないのでたいていオーバーする。まぁクリスマスくらいいいか、と細かいことは言わないことにした。

それから水谷は売り場に展示してあったなにもないツリーを、しばらくの間じーっと見ていたかと思うと、突然小さな袋につまった飾りや、イルミネーションなんかをぽいぽいとカゴの中に入れ始めた。
悩んでいる風もなくて、どういう基準で選んでいるのかさっぱりわからない。
「サプライズにするから見ないで」って言われて売り場の近くのベンチで待っていた。
戻ってきた水谷からレシートを受け取ってみるとやっぱり予算オーバーだった。

帰るとさっそく水谷は、ツリーを組み立て始めた。
「飾りつけはいっしょにしよ?」
「ん?サプライズじゃなかったの?ふみきスペシャルなんだろ?」
「あ!そうだった」
と水谷に居間から追い出されてしまった。しょうがないので買ってきた食材を台所で片付けてから、晩御飯の準備でもするかな、と思っていたら、水谷が「できたよー」と声をかけてきた。腕を引かれて居間に入るとこのクリスマスツリーは完成していたのだ。

水谷作のクリスマスツリーは、ちょっと大きめだけれど普通の緑のツリーに、まつぼっくりやほとんど着色のされていない飾りと、端々に金色の小さな丸い飾りが星みたいにちりばめてあった。
「栄口をイメージしてみました」と水谷は手のひらでツリーを指した。
「…地味、だねぇ…」
「ひどいっ!ナチュラルって言ってよ!」
「ゴメンゴメン…でもいいね、落ち着くよこのツリー。オレ、こんな感じ?」
「うん。こんな感じ」
「ふうん…」
こんな感じ、と思われているのは嬉しかった。
こんなあったい感じ、なのかな、オレは。
満足そうに眺めている水谷の隣でオレも嬉しくて笑っていた。



スズメたちの声が聞こえなくなった。もう全部食べたのかもしれない。
水谷がこたつから出て障子の隙間から外をのぞいていた。
そして「今日は雪になるよ」と言った。
「天気予報が言ってた?」
「ううん。なんとなく、そんな感じ」
水谷の勘はよく当たる。
「今年こそホワイトクリスマスかもよ?」
寒いのは嫌いなくせに、水谷は楽しそうにそう言った。





お題お借りしました。
【橙の庭】




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【L'affection devient bientot heureuse.】
日本語タイトルは「慈しみはやがて、しあわせになる。」だそうです。








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