ほしのこえ -The voices of a distant star-  13





《水谷》







『全艦ワープアウト』

オペレータの声がコックピットに響く。それから、全艦無事にワープに成功したことを告げた。
戦闘態勢が解除され、オレはコックピットを下りた。

「こっちもだ!救護班急げ!」
ハンガー内は非常警報がずっと鳴っていて、騒然としていた。

トレーサーの傍に立っていたオレの横を救護班の人たちが駆け抜けていく。
少し遠いトレーサーから引き摺りだすようにしてパイロットが救出された。意識がないのか、救護班の人がしきりに名前を呼んでいる。
別の救護班が担架に人を乗せて運んで通り過ぎていった、乗せられた人の服は血で赤く染まっていた。

全部…嘘みたいだ。
周りの慌しさとは反対に、オレは呆然と立ち尽くしていた。
オレはどこもケガはしていない。歩くと少しふらつくのは、きっと緊張のせいだ

自分の乗っていたトレーサーを見上げる。
バリアを貫通するほどの直撃は避けたものの、機体はひどく損傷していた。


そうだ…利央は…
オレはトレーサーが整然と並ぶハンガーを見渡した。その中で一機抜けている場所を見て、頭から血の気が引いた。

あそこは。

とっさに近くにいた整備士の人に走り寄った。
「あ、あのっ、6号機は…?6号機が戻ってないんですけど……」
「撃墜された機が何体かあって 今、確認を急いでるらしい」
そう言い残して、持ち場へと向かっていった。

「そんな…」
「きみ、危ないから下がって!」

後退りしたら、目の前をトレーサーの整備のため重機が移動していった。
オレは追い出されるようにハンガーを後にした。





部屋に戻る前に隊長に報告…しなきゃ。でも、頭の中が揺れてるみたいで上手く考えがまとまらない。
オレは、あまり人が通らない階段に座り込んで、薄暗い踊り場をぼんやりと見つめていた。

利央のトレーサーは、タルシアンに撃墜された…んだろうか。
それとも帰艦が間に合わなくて、おいていかれた……?
そんなの、どっちにしても助からない。

信じられなかった。
朝には「おはよう」って挨拶したのに。
朝ごはんのサラダに入っていたブロッコリーを食べたくなくて、しかめっ面で見ていたら、「そんな好き嫌いすっから、水谷は大きくなれないんだぞー」と笑いながら食べてくれたのに。
「じゃ、またあとでね」と手を振って別れたのに。
また会えるのが、当たり前だと思っていたのに……そんなことなかった。

これが、今オレがいる世界なんだ。
目を閉じると、さっきまでの出来事がフラッシュバックする。

伸びてくるタルシアンの触手、
オレを見た大きな目、
砕けた肉体から噴出す赤い体液

血を流し、動かないパイロット。
戻ってこなかったトレーサー
戻ってこなかった利央。

……これは、現実なの?
オレはどこにいるの?

信じたくないと思うほどに、世界が曖昧になっていく。それがひどく心細くて恐ろしくて、オレは手の中の携帯をギュッと握った。
「阿部…」
阿部の名前を声に出したら、急に涙が出てきた。今ごろになって体が震えはじめる。

「怖いよ…阿部…」
タルシアンも、タルシアンと戦うことも。
殺すのも殺されるのも怖い。
どうして、オレはこんな世界にいるんだろう。

ねぇ、阿部。離れてしまったのは、距離や時間だけじゃなかったよ。
涙が階段に落ちて音をたてる。

「阿部…」
オレが泣くと、いつも「泣くな」と怒ったように言っていた阿部のことを思い出した。
声は怒っていても、表情は優しくて、文句を言いながらも、泣き止むまで傍にいてくれるから、オレはいつまでも泣いていた。
でも、今はどれだけ泣いても、阿部がいない。オレは携帯をぎゅっと抱きしめた。

「阿部…助けてよ…」
返事なんか、あるわけがない。一人ぼっちなんだと思ったら、よけいに涙が止まらなかった。
暗くなった照明は、もう夜がくることを知らせている。
明けない夜はないなんて言うけれど、ここには朝も夜もないのだ。













ハイパードライブ後の騒然とした雰囲気が少し落ち着いた頃、リシテアの艦内に、オペレーターのアナウンスが繰り返し流れていた。

『これより48時間後、本艦隊はヘリオスフェア・ショートカット・アンカーを経由し、シリウスα・β星系への長距離ワープを行う。飛翔距離は8.6光年。帰りのショートカット・アンカーはまだ発見されていない。全員、地球への連絡をすませておけ』


オレは、オペレーターのアナウンスを聞きながら通信室に向かって走っていた。
キーロックを外し、スライドするドアが開ききらないうちに、体を捩じ込むようにして中へ入った。

「あ、あの!利央が見つかったって…ホントですか!?」
「さっき連絡が入ってきたんだ、こっちのモニターから話せるよ」
と、隊長に言われて、オレはモニターに駆け寄って覗き込んだ。

「水谷…?」
利央がモニター越しにオレを見た。

ベッドに横になったままで、通信しているらしく背後には白いシーツとか点滴のチューブとかが映っている。

身体中に巻かれている包帯の下に見え隠れしているのは火傷のように見えた。顔も額の辺りは包帯が巻かれていて、緑がかった不思議な色の瞳は片方がガーゼで覆われている。まだ、麻酔かなにか、薬が効いているのか、少し視線が揺れているみたいだった。

でも、生きてる…。
それだけで嬉しくて、瞼が熱くなった。

「利央……よかっ…ホントに…」
「ごめんな……。心配かけちゃって…運良く他の艦に拾ってもらったんだ……」
「そっか…」
「……でも…オレ、強制送還されることになっちゃった……」

前に二人で講義をサボった時、冗談で「問題児だって送還されちゃったりしてね」と笑いあったのを思い出した。まさか、こんな風に現実になるなんて思いもしなかったけれど。

「オレも……水谷と一緒に行きたかったな…シリウスまで……」
「うん……」

その言葉が本心からなのか、オレのためについてくれた嘘なのかはわからない。
でも、痛みを堪えて笑ってくれる利央にオレも笑って答えた。
ここで、引き返すのなら、もう利央はこんな怖い目に会うこともないだろう。地球の人たちとだって、時間のズレは少しですむはずだ。
そのぶん、オレとは時間がずれてしまうけれど、それはしかたのないことだ。

「水谷……」
「ん?」

「オレ…忘れないから」
「え?」

「8年離れたって、絶対……水谷のことを忘れないから……」

利央がゆっくりと傷だらけの腕を伸ばす。それは、いつも利央がオレの頭をくしゃくしゃと撫でるときの仕草に似ていたから、オレはモニターに顔をよせた。

「だから、安心して行って来いよ……」
近づいたモニターの中で、利央が目を細める。その瞼の端から涙が零れるのが見えた。
「うん……ありがと……」
モニターの上に涙がぽたぽたと丸く落ちた。






利央にお別れを言って、オレは自分の部屋に戻った。
無事でよかったと思うのと同時に、この船からいなくなってしまったのだと思うと寂しくもなった。
オレはベッドに座り、ポケットから携帯を出した。
画面には、冥王星で阿部に送れなかったメールが、そのまま残っていた。

『でもオレはホントはね、このまま何も見つからないで、
 早く地球に帰れるのがイチバンいいなって』

この願いは叶わなかった。
なにもないなんてことはなかったから。
もうすぐ、リシテア艦隊はシリウスまでワープする。
距離は8.6光年…。

オレは、メールの続きを書いて、送信ボタンを押した。
画面に表示されたひらひらと飛んでいくメールの絵と、《メール到着まであと:1年・16日・12時間》の文字をオレは見つめていた。

このメールが届くのは1年後。
阿部にしてみたら、突然1年もメールが届かなくなるんだ……阿部はどう思うだろう。
そして、その頃、オレはもうシリウスにいて、阿部には8年オレのこえは届かない。
二人の時間のずれも8年。

オレは阿部の歳を指折り数えてみた。
「25…、6歳か。すごいな」
オレは大人になった阿部を想像して、小さく笑ってみたけど、あまりにも胸が痛くてすぐに止めた。

オレは16歳のままなのに、阿部は大人になっていく。どんどん知らない人になっていく。

また、置いていかれるんだ…
それでも、オレは…
「オレは、阿部に会いたいよ……」

だけど、8年なんて、待つには長すぎるよね。

「阿部、オレのこと忘れちゃうかな……」
オレは、抱えた膝に顔を埋めた。





翌日、リシテア艦隊はシリウスへと向かった。
8.6光年の距離と時間を越えて。




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