ほしのこえ -The voices of a distant star-  12





《阿部》










【2047年 秋】





夏が過ぎ、秋になり、もうすぐ冬が来る。
だんだんと間隔が開いていた水谷のメールは、夏のギラギラした日差しに翳りが見え始めた頃から、届かなくなった。

少しずつ地球から離れていっているのだからしかたがない、そう言い聞かせながらも。『自分は変わらない』と、思い続けるために、水谷の声が聞きたかった。
たとえメールという音のない声だとしても、水谷が伝えてくれる言葉なら、なんでもよかった。
でも、何度、着信確認をしても、その度に表示されるのは『NO-MESSAGE』の文字だけだった。





朝、玄関に座って靴を履いていたら、「タカ、忘れもの」と、リビングから母さんに呼ばれて、オレは顔を上げて振り返った。

「携帯、置きっぱなしよ」
手が離せないのか、ドアから顔だけ覗かせて携帯をひらひらと振った。
取りに行こうと靴を脱ぎかけて、やめた。

「…そこらへんに置いといて」
「え?どういうこと?」
「どうせ、鳴んねぇし」
「やーね。そんなに友達少ないの?」

母親は誰からもかかってこないみたいに思ったのか、からかうように笑った。それを弁明する必要はなかったので「かもね」と適当に返した。

オレは立ち上がり「電源切っといて」リビングに戻っていった母親に声をかけて、下駄箱の上においていた自転車の鍵をポケットに入れた。

「いってきます」

外に出ると、もう空気は冷たくなっていた。朝練が早いから寒さは痛いくらいだ。自転車にまたがりペダルを踏み込む。
あいかわらずの一日の始まりだ。

オレの生活は、いつのまにか水谷のメールを待つことが中心になっていた。
でも、届かないメールを待ちつづけることが虚しくてたまらなかった。

途絶えた水谷のメールを気にかけて日々過ごす自分を、少しでも忘れていたかった。
それなのに、携帯を置いてきたことを後悔しはじめている自分に嫌気がさした。

もしかしたら、水谷からメールが来てるかもしれない。
そんな期待を捨てきれていないことにも。






部活が終わると空はもう真っ暗だった。自転車を漕ぎながら、星がチカチカと瞬くのを見上げて、宇宙に思いを馳せる自分にため息をつく。

家に着いて部屋に入ると、机の上に電源の切れた携帯が置いてあった。
オレは電源を入れ、反射のようにメールの着信を問い合わせていた。

《ただいまメールはお預かりしておりません》

メールを書いてる暇もないのか、それとも…

きっと、もう水谷は向こうの生活を受け入れている。
こっちのこと構ってる余裕なんて、ない…のか。

「くそっ…!」
行き場のない気持ちを押さえきれず、思い切り部屋の壁を叩いた。憤りにも絶望にも似た感情は消えることはなくて、オレは拳を握り締めた。

自分だけが立ち止まったまま、動けないでいる。
過去にしがみついて、みんなにも、水谷にも、置いて行かれているような気がした。



オレも変わらなければ―――。


どうあがいても、水谷との時間のずれは戻らない。
オレたちの時間はもう、二度と同じようには流れないのだ。

水谷がオレを忘れるのなら、オレだけが引き摺っていてもしかたがないじゃないか…。


オレはまた携帯の電源を切り、机の引き出しの奥に入れて、閉じた。









[次へ] [前へ]



[Topに戻る]

-エムブロ-