ほしのこえ -The voices of a distant star-  11





《水谷》







今、リシテア艦隊がいるのは。冥王星軌道上、第1衛星カロン。
オレはハンガーに格納されたトレーサのコックピットで出動の指示を待っている。
今日は演習はなくて、探査だったかな。

カロンは衛星といっても、冥王星とあまり大きさが変わらない。双子みたいで不思議な風景だ。カイパーベルトには小惑星がたくさんあって、これまでの惑星より賑やか。カイパーベルトの小天体は惑星になれなかった星の素みたいなものが、吹き飛ばされて太陽の軌道の端に残っているのだそうだ。

宇宙に境界線があるわけじゃないけれど、太陽系の向こうは違う世界が広がっている気がするのはなぜだろう。

オレは手の中の携帯を見つめた。
オレは木星からここまでそれほど時間がたった気がしないけれど、阿部にはずいぶん時間が過ぎているのだと思う。
そんなに間の開いたメール、待っててなんかくれないかもしれない。そう思うと、少しだけメールをするのが怖い。

でも、つまんないことでもメールを送り続ける。
阿部にオレのこと忘れないでいてほしいから。
『友達の一人』で構わないから、オレのこと憶えていてほしいから。
いつか地球に帰ったとき。おかえりって言ってほしいから。
たとえ、同じ時間は流れなかったとしても。



『オレは今、太陽系最果ての冥王星にいるよ。
 地球を出発してからもう半年。
 リシテア艦隊は木星からずっと調査を続けて来たんだけど、
 結局、タルシアンの痕跡はまだ、どこにも見つかってないよ。

 でもオレはホントはね、このまま何も見つからないで、
 早く地球に帰れるのがイチバンいいなって』


そこまで打った時、モニターに「EMERGENCY」と警告が表示され、アラームの音が鳴響いた。
「…っ!なに?」

オレは携帯から顔を上げてモニターを見た。全況図に、冥王星、カロン、リシテアの現在位置、そしてタルシアンの距離が表示されている。
オペレータからの指示が入った。

『直線軌道上、距離2万にタルシアン確認、
 第1から第4トレーサー隊、発進準備 』

トレーサーがハンガーから固定具が外されカタパルトへと移動して行く。

「敵?マジで?……オレも出んの?」
訓練と同じはずなのに手のひらに汗が滲んでいた。

リシテアから離艦して、指示された場所に移動する。周りには他のトレーサー隊も配置についていた。
まだ、目視の範囲にタルシアンの姿は見えない。

実戦は初めてだ。
タルシアンが本当に、「敵」ならば、襲ってくる、戦いになる。
演習とは違うんだ。
小さく手が震えているのは、恐怖なのか、それとも緊張しているだけなんだろうか。
自分を落ち着かせるために、オレは大きく息を吐いた。

また「EMERGENCY」の警告とアラームの音が鳴響いた。
「えっ…!」

モニターに表示された、冥王星の傍に3つの影が写ったのを確認するのと同時に、それは足元から機体をかすめて飛び去った。
トレーサーのバリアに接触した衝撃がコックピットまで伝わり、オレは思わず目を閉じた。
「くっ…」
見失ったらまずい。オレはとっさに顔を上げて、タルシアンの位置を確認した。

「おとさなきゃ!」

体勢を立て直して、訓練通り、背面に登載したミサイルを一斉に発射する。
ミサイルは、それぞれに軌道を描きながら、3体のタルシアンを追尾し、一番後ろにいたタルシアンを捕らえた。命中と同時に爆発し炎が上がる。そのすぐ前を飛んでいたタルシアンを残った2発のミサイルが追尾し、タルシアンもろとも小天体に衝突して爆煙を上げた。

その煙と炎の中から、撃ち落しそこなった3体目のタルシアンがオレのトレーサーの正面目掛けて飛び込んできた。
ぶつかる、と思った瞬間、タルシアンは目の前で止まった。

初めて間近に見るタルシアンは、甲羅のような殻に覆われていて…でもそれが無機質で生物らしくない。でも、その中に、ちょうど頭と手と足のような青白い触手が見えた。
その手の部分が、横に細く長く伸びて、いくつも枝分かれし始める。

「なに!?」
いくつも枝分かれした触手は、網のように広がり機体を取り囲んで包み込んだ。
コックピットの中は絶え間なくアラームが鳴り響き、モニターに赤い警告表示が激しく点滅している。逃げなきゃと思うのに怖くて動けない。

タルシアンの頭頂部が、目の前に長く伸びてきた。モニター全面に映し出された触手の先端が、縦に割れる。その中から大きな眼球が現われ、オレをじろりと見た。

「っ!!!」

『怖い』
オレは、反射的に右肩のガトリング砲を撃っていた。

至近距離から全弾が命中してタルシアンの身体を突き抜けた。
オレは急いでその場所を飛び去り、距離を取ったところで、振り返った。
粉々になったタルシアンの身体から飛び散った血のような赤い体液が漂っているのが見える。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

荒い呼吸が止まらない。

怖い
怖い
怖い

これは訓練で打ち落としていたシミュレーターじゃない。
生きてるんだ。意思を持って動いてるんだ。


リシテアオペレータからの指示が入る。

『距離12万にタルシアンの群体を確認  全艦、1光年のハイパードライブを行い離脱する。トレーサー各機、至急帰艦せよ 』

タルシアンの群体
1光年のハイパードライブ。
リシテアへの帰還命令。

動揺している頭の中で、オペレーターの指示を復唱する。
1光年の…ハイパードライブ…ここから更に1光年離れてしまう。
そんな…

「阿部と1年もズレちゃうよ…!今、メール…」
今、メールしなければ、阿部の元に届くのは1年後だ。
急がなきゃ、と携帯を手で探した。でも、傍に置いたはずの携帯が見つからない。
さっきの戦闘でどっかに飛んだんだ。
オレは、あたりをを見回した。

「あっ」
振り向いたそこに携帯はあった。手を伸ばしたのと同時に、攻撃を受けて機体が揺れた。崩れた体勢を直し、タルシアンの位置を確認する。

上だ…!。
タルシアンは上方からビームを放って向かってくる。オレはそれを左右にかわしながら、ビームライフルで応戦した。タルシアンもひらりひらりとかわし、攻撃があたらない。

『2号機、至急帰還せよ 』

オペレーターがオレへの帰艦命令を繰り返す。
モニターに写ったリシテアの前にはハイパードライブの入口が広がり始めていて、トレーサー隊は次々に母艦に戻っていく。

早く戻らないと、置いていかれちゃうよ!
オレはタルシアンに背を向け全速で後退した。背後からタルシアンが執拗に追撃してきて、ビームが機体の横を掠めていく。

このまま追って来られたら、リシテアに着艦するときに襲われてしまう。でも、もう振り切る時間の余裕はなかった。

「コイツをおとさないと、間に合わないよ!」
オレは機体を反転させ、追って来るタルシアンにむかって飛んだ。攻撃をよけながら確実に仕留められる距離まで間合いを詰め、左腕のビームサーベルを起動する。

振り抜いたビームサーベルはタルシアンを真横に両断した。タルシアンの体が飛び散ったのを確認して、オレは機体をリシテアへと反転させる。リシテアは、もう艦首がハイパードライブの入り口へと入っていた。

「戻らなくちゃ…!」
オレはブースターの最大出力で加速しリシテアに向かった。
着艦したのとほぼ同時にリシテアはワープインし、艦体は青い光に包まれていった。




格納されたトレーサのコックピットの中は、さっきまでの戦闘が嘘のようにとても静かだ。
やっと安堵できて息を吐く。そして、後ろに転がった携帯を手に取った。画面には打ちかけのメールが残っていた。

結局阿部に送れなかった。
もうハイパードライブに入っている。ワープアウトしたら、そこは1光年先の世界だ。
「また、阿部から離れちゃうよ…」
オレは携帯を手に握り締めて、膝を抱えた。





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