ほしのこえ -The voices of a distant star- 10
《阿部》
【2047年 夏】
夏になった。
焼けつくような夏の日差しの中、オレは一人で帰っていた。
強い夏の光に満ちた風景はコントラストがきつすぎて、影がより濃く見える。
あの日、水谷と帰った道。夕立が来るまでは、今日のように突き抜けるほど青い空が広がり、焼けたアスファルトに空気が揺らめいていた。
同じ季節だ。もう、あれから一年過ぎたのか、とぼんやりと思った。
踏切にさしかかった時、ポケットの中で携帯が鳴ったので自転車を停めた。けたたましい警笛を鳴らしながら遮断機が下り始める。
メールは水谷からだった。
『いよいよ木星を出発。
リシテア号はこのあと、冥王星のずうっと先までいくよ。
詳しい行き先はナイショみたい。
メールがとどくまで
だんだん時間がかかるようになるけど、
いちばんはしっこのオールトの雲からだって半年ぐらいのもんだからね。
20世紀のエアメールみたいなものだよ。
うん、だいじょーぶ。』
「……20世紀のエアメールみたいなものだよ。うん、大丈夫…」
オレは、片手で持った携帯を見つめながら水谷のメールを呟いた。
「なにが…大丈夫なんだ」
オレの頭の中の不安や憤りや焦燥感をかき乱すように、大きな音を立てて貨物列車が通り過ぎて行った。
こんな風に、オレの高校2年生の1学期は、水谷とのメールのやり取りのうちに過ぎた。
水谷が地球から離れるにつれ、メールのやり取りにかかる時間は開いていく。
オレは携帯を手放さなくなった。
なにも届いていないとわかっているのに、何度も何度もメールの受信を問い合わせる。自分の部屋、休憩時間の教室、部室、あの日水谷と雨宿りをしたバス停の待合室。
そのたびに聞こえる《ただいまメールはお預かりしておりません》という事務的な音声にため息をついた。
オレは、いつまで繰り返すんだろう?
このままじゃ……
ただ、水谷からのメールを待つだけの自分になってしまう。
夏休みが終わった。まだ外では蝉が、騒がしく鳴いている。
2学期が始まって間もない頃、昼休憩でざわめいている教室に、うちの担任と隣のクラスの担任が教室に入ってきた。先生たちはオレの二つ後ろにあった水谷の机の周りに立ち、なにか話しながら机の中を確認している。
「なにかあったんスか」
オレは席を立って先生を見た。
「今週うちのクラスに転入生がくるんだけど、机がなくてな」
と、隣のクラスの担任は両手を机にかけた。
「でも、それ……」
「水谷は、いつ帰ってくるのかわからないだろう」
だから、持って行くのか、水谷の机を。
痛みに似た怒りが胸の真ん中を刺す。
でも、担任の言葉にオレはなにも言い返せなかった。ためらいもなく先生たちが空っぽの水谷の机を運び出していくのを、オレはただ見ていただけだった。
怒りじゃない、これは悲しみだ。
しばらくしても、教室から水谷の机がなくなったことを気にかけるやつはいなかった。たとえ空席でも、机という形のあれば、みんなの視界に入り意識にも残る。ここにはいないけれど、どこかに水谷がいることを感じられたはずだ。
それすらもなくなったことで、教室から水谷の存在が消えていくのがわかった。
こうやって、水谷はいないのが当たり前になって、そのうち誰も思い出さなくなるのかと思うと、水谷が哀れだった。
初めからなかったかのように空いた空間を見て、そこに座っているはずだった水谷のことを思った。
それは一年前に見た姿のままだった。
あたりまえだ。オレは一年前の水谷しか知らないのだから。
時間が流れれば、みんなそれぞれに変わっていく。
早々に目標を決めて進路に向け動き出したやつもいる。
好きなやつができた、告白された、ふられた、そんな話も耳に入ってくる。
小さな変化でも、みんな少しずつ大人になっていく。
オレは…
オレはあの夕立の日から、今も水谷からのメールを待ち続けている。なにか、あの日に忘れてきたものを必死になって探してるみたいに。
学校の廊下、流れる人の流れの中に立ち止まって、携帯電話を見つめていた。
ピッ…
《ただいまメールはお預かりしておりません》
確かに、そんな毎日を疑問に思わなかったわけじゃない。
それでも。
オレはその時、まわりのみんなが、水谷のことを忘れて、変わっていったとしても、オレだけは、待っていよう、覚えていてやろうなんて……
そんな、浅はかなことを、本気で考えていたんだ。
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