ほしのこえ -The voices of a distant star-  9





《水谷》







利央に腕を引っ張られながら、人気のない会議室に入った。
「ちょっと、そこで待ってて」
利央は部屋から走って出て行った。
戻ってきた時、手に持ってきたのは、グローブとボールだった。それを見せて利央はへらりと笑った。

「キャッチボール、しよ?」
「は?」
「やっぱさー。オレらはこれがないと、なんか物足りなくね?あんだけ毎日やってたんだからさ」
利央はオレにグローブとボールを渡すと、部屋の隅に走っていった。

久しぶりに触った感触だ。ボールを眺めていたら、利央が「さ、こーい!」とグローブの内側を拳で軽く叩いた。
オレは利央に向けてボールを投げた。


利央はボールをキャッチしてから投球までが早い。そして、手首を使って腕の力で投げるキャッチャー独特の投げ方だ。阿部もそうだったよなぁと、懐かしくなる。

「キャッチャーってキャッチャーだよね」
とオレは投げ返した。
「なにそれ」
キャッチした利央は反射みたいに投球のモーションに入ったところで動きを止めた。

「そういう投げ方するよなーっと思って」
オレは利央の腕を指差した、キャッチャーは普通の投球フォームより、肘の位置が高いのだ。
「あぁ、これね。キャッチやるようになってから、こういう投げ方の練習ばっかしてたら、なんか逆に意識しないと、普通に投げらんないんだよね」
と、今度は普通に投げてきた。

天井があるからグラウンドのようにのびのびと投げることはできないけど、二人であれこれと話をしながら。
その間、心の隅っこだけでも、ここが木星なんだってことを忘れられた。




キャッチボールをしていた会議室が、午後から使われなかったおかげで、ふと気がつくと講義の開始時間を過ぎていた。完全に遅刻だ。
オレたちはいったん自室に戻り、急いで講義室に走った。通路側の窓から、こっそり中を覗くともう始まってしまっていて、かなり入りづらい雰囲気だった。
オレたちは見つからないように、窓の下に向き合ってしゃがんだ。

「やっべー。もう始まっちゃってるねー……」
「ちょっとのんびりしすぎたかなー……」
利央がうーんと眉を寄せ、叱られた子供みたいに身体を竦める。
オレが吹きだすと、「え、なに?」と、利央が首を傾げた。

「こんなことしてると、学校にいた頃と変わんないなって」
「そうだね」
利央も笑って、オレたちはそのまま通路に座りこんだ。

「怒られっかなぁ」
オレは声を潜めて言った。
「うん。怒られんだろうね」
と、利央は小さく笑い、「……でも、たまにはいいのかもしんない」と呟くように言った。
「自覚がない!って怒られたほうが、実感がわくかもしんないし……実際、まだ自分の立場を、半分もわかってないのはホントだから」
そう言って、利央はわずかに睫毛を伏せた。

いつも能天気そうに見える利央も、同じように不安なんだと思う。不安なことが多すぎて、よくわからなくなってしまうほどに。
「うん…そうだよね……」
少し沈黙が続くと、利央は顔を上げて、いつもの能天気そうな笑顔を見せた。

「オレたち、問題児だー!って送還されちゃったりしてね」
「ね」
オレたちは目を合わせて笑った。

「怒られついでに、今日は、もうサボっちゃわね?」と利央が笑った。
オレたちは足音を立てないようにそこから離れ、講義室から見えなくなったところで一気に走り出した。

走りながら、どちらからともなく笑い出した。
「元気そうじゃん。よかったよ」
利央が足を止めたので、オレも走るのをやめた。

「オレもさ、地球にいっぱい大切な人がいるよ。大好きな人もいる。みんなと、どんどん時間がずれていくのは正直怖いけど、オレが好きな人たちだもん。そんな忘れたりするわけないじゃん?…と思うことにしてんの。とりあえず、オレの時間は、水谷とおんなじだよ。だからさー。水谷も、あんま落ち込むなよな」

向かいあった利央がオレの頭を両手でわしゃわしゃと撫でた。
一人じゃないんだ、と思ったら、少し気持ちが軽くなった気がした。





次の日、リシテアは木星を出発した。
オレは船の外が見える場所から、流れていく星を見ていた。

次は太陽系の一番端、冥王星。また、離れていくよ。
…でも、大丈夫だよね。

手の中の携帯の送信ボタンを押す。
画面の中でエアメールの絵がひらひらと飛んでいく
遠く離れた阿部のもとに向けて。


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