ほしのこえ -The voices of a distant star-  8





《水谷》








リシテアの艦内はいつも快適な温度に保たれている。地球を出発したのは冬だったけれど、宇宙では四季がわからない。

オレは、よく学校の制服を着ていた。地球にいた時に着ていた白い半袖シャツの制服。
艦隊に所属しているといっても、オレはただの民間人で軍属ではないから。軍の制服は支給されないのだそうだ。

オレが持っていた服の中で、一番真面目そうで、それなりに動きやすいのが学校の制服だった。
といっても、うちの高校は私服だったから指定の制服はなくて、野球部で学外に出るときに着ていたそれっぽい服だ。

阿部は、面倒臭いと言って、いっつも制服っぽいのを着ていた。
学校で最後に受けた期末試験のとき、オレがめずらしく制服を着ていたことを阿部に聞かれて、べつに意味はないみたいに答えた。

……でも本当はね、阿部と同じようなカッコをしたかったんだ。
そんなことは、もちろん言えなかったのだけれど。




トレーサーのパイロットには、民間からの選抜メンバーが多く、オレと同じ高校生も多かった。だからなのか制服を着ている人もかなりいた。
その中でよく見かける制服に桐青高校があった。
あのまま地球に残っていたら、夏大の一回戦で試合するはずだった桐青高校。

オレの方が気になって無意識にちらちらと見ていたのかもしれない。
リシテアに乗って間もない頃、向こうから声を掛けてきた。
仲沢利央は、背が高くて、不思議な瞳の色をしていた。
「利央でいいよ。名前のが好きだから」
そう言って笑った。

しばらくして夏大の話をしたら、「オレも野球部なんだって!オレ、キャッチャーだったんだー…控えだけど、試合出るはずだったんだよね」と利央は少し寂しそうに笑った。
オレは人数がいないから嫌でもスタメンだったけど、桐青ではベンチに入るのだって大変だっただろう。
それなら、なおさら試合には出たかったに違いない。

『同級生』、『埼玉』、『野球』と共通することが多いのもあって、利央とはあれから、わりと仲良くつるんでいる。



もうすぐ木星を出発するので、トレーサーはしっかり整備中。探査も訓練もなくて、今日は朝からずっと講義だ。
もともと軍だの宇宙だのに関係のないオレたち民間人は、勉強しないといけないことがたくさんある。

たとえば。
リシテアを含む全艦が、1.5光年の距離をワープできる自律型ハイパードライブが可能だけど、タルシアンの残したショートカット・アンカーは、約8光年先に進めるらしい。
そして、ショートカット・アンカーは一方通行で、帰るには別のショートカット・アンカーを見つけなければいけない。これまでに、いくつか見つかっていて、それを新たに探すのがオレたちの任務のひとつであること。
…などなど。
大まかなことは、ここでの生活には必要なことなので聞いているけれど、細かい原理だの技術だのの話は、オレには難しすぎてさっぱりわからない。

食堂で昼ご飯を食べ、空になったトレイを前に携帯を見ていた。
オレが今まで送ったメールは地球、火星、木星と、徐々に届くまでに時間がかかるようになっている。
オレは小さくため息をついた。

「水谷がまたメールしてる」
その声にオレは顔を上げて振り返った。
「あー!わかったぁ、彼女だろ〜」
利央がニヤニヤしながらオレを見下ろしていた。
「そんなんじゃないし。勝手に見んなよ」
オレの話なんか聞いてないのか、利央は空のトレイをテーブルに置きながら、携帯の画面を覗き込んだ。

「へー。到着所要時間が、すっげーまちまちなんだね」
「私用のメールだもん。しょうがないよ」
軍用の通信が優先で、オレのメールのような私用の通信は、中継の度に後回しにされるのだそうだ。

「なんか、昔のエアメールみたい」
「エアメール…」
「うん」
そう言って利央は笑った。

「で。それ誰?友達?」と利央はオレの携帯を指差した。
「うん。野球部の。利央と同じキャッチャーだよ」
「うそ。そいつ上手い?」
「どうなんだろ?まぁ、甲子園にいける、とか言ってたくらいだから、自信はあったんじゃないかな」
「じゃあ水谷も一緒に甲子園いく気だったんだ?」
「うーん…まあね。オレの場合、連れてってもらえれば嬉しいなーとか……」
あはは、と笑ったけれど、すぐに笑えなくなった。

あの頃はそうできればいいと思っていた。せめて夏が終わるまで、地球にいれたらいいなって。

「でも…、もう…おいていかれちゃったからね」
オレが地球に帰った頃には、阿部は高校を卒業している。
同じチームでグラウンドに立つことはない。

「そーだ。水谷。ちょっと来いよ」
「なに」
「いいじゃん、いいじゃん。まだ午後の講義まで時間あるし」
行こう、と利央がシャツの袖を引っ張るので、オレは席を立った。




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