ほしのこえ -The voices of a distant star-  7





《阿部》










【2047年 春】




一年生の終了式の日、水谷の机やロッカーに入っていた物は、オレが水谷の家に届けた。水谷の母親は泣きそだしうな笑顔でそれを受け取った。
「すぐ帰ってきますよ」
そう水谷の母親に言おうかと思ったけれど、そんな無責任なことはとても言えなかった。
オレ自身、いつからか水谷に「戻れるのか」と尋ねるのを躊躇うようになっていたのだから。




オレは2年生になっても、また水谷と同じクラスになった。
でも、水谷はいない。

誰もいなくなった放課後の教室。
窓際の一番後ろに置かれた水谷の机は空っぽのまま、寂しそうに佇んでいる。
オレは水谷が使うはずだった机。オレは水谷の席に座ってみた。

1年生のとき、水谷の机にはシャーペンで描かれた落書きがたくさんあった。
水谷は授業中退屈になると、ノートを取るようなふりをして、よく机に落書きをしていた。いろんなものが書いてあったけど、野球部のみんなの似顔絵がそっくりで特に好きだった。

この机には、それがない。
これは水谷の机じゃない。だって水谷は一度も使ってないじゃないか。
でも、もうオレと水谷が同じクラスだって知らせてくれるのは、この机だけなのだ。
携帯を握り締めて、オレは水谷の机に顔をうずめた。

開けられた窓から、暖かい春風が吹いてカーテンをやわらかく揺らした。その隙間から桜の花びらが舞い込んで、携帯を握る手の甲に降りた。
その花びらが教えてくれたみたいに携帯からメールの着信音が鳴り響く。

オレは思わず立ち上がった。
急いでメールを開いて見る。
「水谷からだ……」

送られてきたのは水谷からの近況報告のようなメールだった。
水谷は、火星を出発し、今は木星にいるらしい。

水谷は、宇宙船の中での出来事とか、いろいろな惑星の話とか、当たり前のように書いてくるのだが、オレには何一つリアルに思い描けない。

水谷が学校からいなくなって半年。当時はタルシアンプロジェクト始動とかで、世の中は騒がしかったが、今では静かなものだ。
オレの生活は、あれからこれといって変化がない。
そのせいか、水谷から送られてくるメールは、ひどく異質な感じがした。



オレは携帯を持ったまま屋上に上がり、水谷がいるのかもしれない空の向こうを見上げた。
薄青に霞んだ空に白い月が浮かんでいる。
オレはもう一度、水谷のメールを眺めた。

「木星、か…」
染みきった空の色は、その向こうに宇宙があるなんて思わせてくれない。
月ですらあんなに小さくしか見えないのに。
木星なんて……。

「今、おまえは、どこにいるんだ?」



オレは空の色を映した目を閉じた。







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