ほしのこえ -The voices of a distant star-  5





《阿部》










週に1,2通届く、水谷からのメール。
水谷は今、火星にいるそうだ。




オレは教科書に載っているタルシス遺跡の写真を眺めた。

こんなの見たのか…すげぇな。



「時間が少し余ったので余談でも…」
定年間際の世界史の先生が、恒例の余談を始める。いつもは寝ていてあまり聞いていないのだが、その日は起きていたので話に耳を傾けた。

「2039年に第一次火星有人調査隊が、地球外知的生命存在を実証して以来、世界は急に騒がしくなりました。例のタルシス遺跡と呼ばれるものです。第一次調査隊によって即座に遺跡の解析が始まり、そこで得た素晴らしい彼らのテクノロジーにより、人類繁栄のために現在も調査されているわけです。

ですが、その第一次調査隊は例の生命体により、悲惨な消滅を遂げました。以後も調査は続行されていますが……そういえば、このクラスからも……」

先生の言葉に、オレは斜め後ろ、一番後ろの端にある空席に視線を移した。
水谷の席は、今も教室に残っている。
突然学校に来なくなった水谷の机の中には、置きっぱなしの教科書なんかががそのまま入っている。
明日になれば、あのゆるい笑顔でそこに座っていそうな気がした。
ありもしないことを想像している自分にため息をついた。



水谷は、高校1年の夏、国連宇宙軍の選抜メンバーに選ばれ、その冬、千人以上からなる大船団でタルシアン調査の旅に出発した。
…のだそうだ。

言われてみれば、水谷はそれなりに勉強も運動もできたような気はするけど、そんな飛び抜けてできたわけじゃない。
気の抜けた性格のほうが目立って、むしろ「あまりできないやつ」のイメージが強かった。
ただ、天性のセンスのようなものに、時々驚かされることがあった。そういうものがトレーサーのパイロットとしての適性だったのかもしれない。

それにしても国連宇宙軍って。
なんだか…バカみたいな話だ。



オレは、もう一度教科書のタルシス遺跡の写真に視線を落とした。
水谷はこれをトレーサーから見たのだろうか。
オレには、想像もできない。
窓の外を見ると、低い灰色の雲から、いつのまにか雪が降り始めていた。

「火星は…雪、降らねぇんだろうな」


次の春、水谷は戻ってこないまま、オレは高校2年生になった。








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