ほしのこえ -The voices of a distant star-  3





《阿部》










よく寄り道するコンビニで、アイスとジュースを買って外へ出た。いつのまにか空の色が変わり、灰色の厚い雲が流れていた。
「どこで食べる?」
水谷が、聞きなれたふにゃんとした声で言った。
「バス停、いくか」

そのバス停は、家に帰る途中にあって、錆びた停留所と、小さなトタンでできた待合所がある。オレたちは、時々そこに座ってくだらない話をしていた。
コンビニからは、二人で自転車に乗った。水谷を後ろに乗せてオレはペダルを漕いだ。
急に暗くなった空に街灯が灯り。雷を包んだ黒い雲が空一面を覆っていく。きっと、もうすぐ夕立が来る。

湿った空気が動き、流れていく雲が瞬く間に街の色を変えていった。
そして、ぽたりぽたりと落ちた雨が、アスファルトに丸い模様を描いた。一面を塗り替えた頃、雨は激しく降り始め、地面に落ちて砕けた雨が白いもやのように足元を包む。
大きな雨粒が身体を濡らしていく。

「阿部!早く早く!」
「うっせぇな」
オレはペダルを思い切り踏み込んでスピードを上げた。
急いだつもりだったのに、バス停に着いたころには。二人ともびしょ濡れになってしまった。

トタンが所々が錆びている古ぼけた小さなバスの待合所。中には木でできたベンチがある。
水谷は雨に濡れているのがあまり気にならないのか、顔についた雫を適当に拭いただけでベンチに座った。

コンビニ袋からアイスの箱を取り出しパリパリと音をたてて箱を開けた。水谷はいつもアイスやお菓子の蓋を本当に嬉しそうに開ける。そして本当に幸せそうな顔で食べるのだ。それを見るのがオレは好きだった。

丸いアイスを串刺しにして、口の中に放り込む。たった6個しか入ってないから、水谷が食べたらあっという間だ。水谷はご飯を食べるのは遅いが、お菓子を食べるのは誰より早い。オレはジュースを飲みながら、瞬く間になくなって空になっていくアイスの箱を見ていた。全部食べ終わって空箱を閉じると、「あのさー」と水谷が話しかけた。

「あ?」
「阿部はさ、好きな子っていんの?」
「なんだよ、急に」
「ね、いんの?」と水谷はもう一度聞いてきた。

水谷を目の前に『いる』とは言えなくて「わからない」と誤魔化すように言ったら、水谷は「ふうん」とだけ言って黙ってしまった。
なにか言い出せそうな雰囲気だったが、やっぱり、それは言葉にはできなかった。
「水谷はいんのか?」と水谷にそのまま返した。

「…うん」
そう言って真っ直ぐにオレを見るから、少しだけ期待をしてしまう。
でも、水谷はなにか言いかけて開いた口を、思いとどまったように噤んだ。

「いるけど、秘密」
と、水谷は少し目を伏せて笑うと、雨のカーテンの向こうを見た。
水谷の気持ちも、雨の音が飲み込んでしまったみたいだった。






夕立はまもなく上がった。
灰色の雲に隠されていた夕日がさして、世界の色を染めかえていった。
トタンの端から水滴が落ちる間隔が少しずつゆっくりになる。

「帰るか、そろそろ」
「うん、雨、あがったね」
雨に濡れたサドルを手で拭いて、オレは自転車に乗った。水谷が肩に捕まったのを確認して自転車を漕ぎ始める。

通いなれた道、見慣れた街並み。
綺麗な色、光、形。
それらでできた街が、この世界そのものが、こんなにも綺麗だったのかと見つめる。
すべて見慣れた景色なのに。気がつかなかった。

「ねぇ、見て!、空!」
水谷の声にオレは自転車を止めて、空を見上げた。

「トレーサーだ」

鳴響く音と共に、茜色の空とその色が滲んだ雲の間を幾筋もの飛行機雲が綺麗に並んで延びていく。たぶんリシテアの艦隊機だ。

まるで、絵のようだと思った。
夕立の後の、しっとりとして澄んだ空気、
水溜りに映る夕日と空に溶ける夕日、同じ色の雲。
トレーサーが反射する光、描く飛行機雲も。

「綺麗だね」
思わず言葉が零れたみたいに水谷が言った。
「あぁ」
肩に置いた水谷の手の力がきゅっと強くなる。

「ねぇ、阿部…」

トレーサーが描いた飛行機雲の輪郭が、赤い空に溶けていく。
背中から、水谷が耳に顔を寄せた。




「オレね、あれに乗るんだ」




遠くからは、夕暮れを歌う蜩の声が聞こえている。
夕闇の色が混じり始めた空には、いつのまにか星が瞬いていた。






それから、水谷は学校に来なくなった。

あの夕立の日に会ったのを最後に。









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