ほしのこえ -The voices of a distant star-  2





《阿部》








期末試験終了の日。
最後の教科が終わると、開放感からか教室の雰囲気が一気に変わった。
どこか無口だったみんなも、ざわざわと談笑を始める。

小さく息をついてから、オレは教科書などをカバンにつめ、部室に行くために教室を出た。
廊下を騒がしく人が通り過ぎていく。試験中は大きく聞こえた蝉の声も、今は人の声にかき消されてしまっている。

廊下の窓から吹き抜けてきた風といっしょに階段を下り、踊り場にさしかかった
「阿部、待って!」
と、水谷の声が聞こえてきた。オレは振り返って声のする方を仰ぎ見た。

「水谷」
いつもはTシャツにジーンズとか、ラフな服装の多い水谷が、なぜか今日は制服を着ている。白いカッターシャツが逆光に白く透けていた。
目があうと、にっこりと笑って水谷は階段を駆け下りてきた。

「おまえ、なんで制服着てんの?」
「え。形から入ろうかと思って」
「はあ?」
「ちょっと勉強ができそうに見えない?」
「見えねぇ」
「ひどい」
と言いながらも、水谷は笑った。

「水谷はどうだった?期末試験」
「オレはばっちりだったよ!期末試験」
自慢気な水谷の笑顔を見てオレは安心した。

「じゃあ、次の試合、出してもらえるな」
試験の結果が悪くては、これからの試合に出してもらえないからだ。
「だよね!」
ぱっと上げた顔は嬉しそうだったが、ふいに視線を落とした。

「…うん…きっと」
なぜか言いよどんだ水谷を訝しく思った。試験さえクリアできれば、一応レギュラーである水谷が出られないわけないのに。




今日はミーティングと軽いメニューだけで、まだ明るいうちに解散になった。まだ、夏らしい日差しがグラウンドを焼いている。
みんなが帰った後部室で日誌を書いていたら、水谷が一緒に帰ろうと声をかけてきた。

「あのね、オレ、今日電車なんだ」
「それで?」
「駅まで送っていってほしいなーなんて」
「やだよ」
「阿部…冷たい」
「冗談だよ。家まで送ってやる」
とオレが言うと、水谷は「……あんがと」笑った。
日誌を書き終えて部室の鍵を閉めてから、二人で自転車置場へと向かった。

試験期間が終わったとはいえ、終了日当日だからか、グラウンドも体育館も、もうすでに人は少ない。
人の声がしないせいか、また蝉の声が大きく響いていた。

自転車置場に着くと、二人分の荷物をカゴに載せて自転車を押して歩いた。
校門を出て、駅に向かう。道路脇の歩道を並んで、街路樹が落とす陰を選んで歩く。風に吹かれた葉が揺れて、同じように木陰もさわさわと揺れた。
夏らしい空は果てしなく青くて、強い光に照らされた雲が眩しいほどに白く立ち上っていた。

「阿部、見て。宇宙船だ」
水谷が空を見上げた。
その先の大きな積乱雲の中から、白い宇宙艦の先端が姿を見せた。
「ああ、コスモナウト・リシテア号だな、国連軍の」

タルシアン探査では民間人からもメンバーが選抜されるらしい。選抜試験が非公開で行なわれた、となにかで聞いた。

「この街からも出たのかな、選抜メンバーが」
「うん…」
水谷が呟くように返事をした。そして頭上を横切って行く宇宙艦を見上げた。オレも同じように見上げた。巨大な宇宙船は、ゆっくりと空を進んでいるように見える。

「あの船、太陽系の外までいくんだって」
「うん…」
「火星を襲った宇宙人を追うって言う話だよな」
「うん…」

火星のこと、そこを襲ったタルシス人のこと、探索メンバーの選抜試験のこと、すべて教科書で見たり、話に聞くだけで、自分とは関係のないことのように感じていた。こうして実際にリシテアを見ても。現実味なんて欠片もなかった。
だから、しだいに小さくなっていく水谷の返事の意味もオレにはわからなかった。

踏み切りの手前で遮断機の甲高い音が鳴り響いた。遮断機に道を塞がれオレたちは足を止めた。
わき立つ雲も風に流されていく。その雲に隠されるように、いつしかリシテアの姿は見えなくなった。

「タルシス人ってさ、どこから来たんだろうな」
「…うん…」
ずいぶんとそっけない返事をして、水谷は降りた遮断機の向こうを見ていた。

「水谷?興味ねぇ?」
「…ううん」
遮断機の音が、水谷の言葉をかき消す。
「…ちょっと」
いつもはおしゃべりな水谷が話に詰まるなんて。

やっぱり今日の水谷はちょっとおかしい。
なにか、悩みでもあるんだろうかと心配になったが、水谷はあまり隠し事ができるほうじゃないし、そのうち相談してくるだろうと、聞くのはやめた。

「まぁ、コンビニでも寄ってくか」と、話を変えたら「うん」と水谷の返事が返ってきた。
その声が、いつも通りに戻っているように聞こえてほっとする。
目の前を長い貨物列車が走り過ぎていった。










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携帯サイトは章の切れ目がわかりづらいので、右上に名前を入れました。




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