そばに、いるよ A









朝になって携帯の電池が切れていたことを思い出した水谷の顔色が変わった。
なんでもここにいることを連絡してきていないのだそうだ。
オレの携帯の充電器で電源を入れてメールを受信すると、家族から、友達から、たくさんのメールがきていて、水谷は頬を引きつらせながらそれを見ていた。

オレたちが自分たちのことで頭がいっぱいだった時間、埼玉では、いつまでたっても帰ってこないし、携帯は繋がらないしで、水谷のお母さんが心配して、高校時代の野球部の何人かの親に電話したのだそうだ。そこから、水谷捜索願のメールがまわされて一騒動あったらしいことがみんなからのメールでわかる。

『卒業してまで面倒かけんな。バカ』

という、阿部のメールがその代表。
結局、西広が水谷がここにいることを連絡して、なんとか事態は収拾したらしい。
まさか失踪しているとは…さすが水谷。

「みんなに謝っとこー…」
と、せっせとメールの返信をしている水谷を、横で笑いながら見ていた。しばらくして、携帯片手に眉間にしわをよせて水谷がうーんとうなりはじめた。
「家には…怖いから電話しない。メールだけしとこ…」
と、ため息をついた。

その日は学校を休んで、なにをするでもなく、ずっと水谷とくっついていた。
ありふれた時間の過ごし方だけど、とても大切で、一瞬一瞬をかみしめるみたいに。




帰りは夜行バスで帰るというので、駅のバスターミナルまで見送りに行った。
「電話もメールもたくさんするから、ウザイとか言わないでね」
「言わないよ」
「たまには返事してね?」
「もー。どんだけオレのことめんどくさがりだと思ってんの?返事くらいするってば」
といったら、水谷が「じゃあ、待ってんね」と言って笑った。

時計を見たら、出発まであと3分。

水谷は「もう行くね」というと停車しているバスに向かった。入り口のステップに足をかけたところで振り返る。

「待ってるから」

昨日から、何回水谷は「待ってる」と言っただろう。その言葉が嬉しくて、とても心強い。
「うん」
オレがそういうのを見届けて、水谷はバスに乗り込んで行った。


出発までの間、水谷は中から窓に貼りつくみたいにして、ずっとオレのことを見ていた。今にも泣き出しそうな顔をして。
音を立ててバスのドアが閉まる。
動き出すバスの中から水谷が手を振っているのが見えて、手を振り返した。
オレは小さくなっていくバスの赤いテールランプをじっと見ていた。そして、カチカチとウィンカーを点滅させたバスはバスターミナルを出て見えなくなってしまった。

水谷はバスの中で泣いたりしてないだろうか。
感情を抑えないほうだから、一人バスの中で泣きだして、周りの人がびっくりしてるんじゃないだろうか。
想像するとおかしいのだけれど、笑うことができない。そんなことすら思い浮かべるだけで、泣きそうになってしまうからだ。

こうしている間にも、どんどん距離が離れていく。
卒業前は、あんなに近くにいても遠かったのに、今は遠く離れても、そばにいるみたいだ。
またすぐに会える。
今はそれが信じられるからなんだろう。

でも、やっぱり、さみしいよ。

水谷がいないのは、さみしい。

こみ上げてくる涙を無理やりのみこんで、夜の人ごみの中を家路についた。












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