No way to say C





それからは、あまり喋ることもなく歩いた。けれど、気まずくはなくて、いろんなことが頭の中を流れていた。今まで澱んでいた気持ちが流れていくような、そんな感じ。

辿り着いたのは、無駄を嫌う栄口らしい、少し年季の入った2階建てのアパートで、栄口の部屋は2階の隅だった。

栄口がドアの鍵を開けて中に入る。背後でドアが閉まると音と光が途切れて、世界の中に二人っきりになったような気がした。
玄関を上がり、真っ暗な部屋の中に入っていこうとする栄口の腕を掴んで後ろから抱きしめた。手に持っていたが鍵がガチャリと落ちて、音がやけに大きく響いた。拾おうとする栄口を掴まえるように腕に力を込める。
栄口は振り返らないで、そのまま腕の中でじっとしていてくれた。
ずいぶんと長い間、感じることのなかった栄口の肌の感触。触れる骨の感じ。体温、匂い。全部が懐かしくて、愛しい。
そういうものすべてに記憶の糸が引っかかって引っ張られていくように、これまでのことを思い出した。

三度巡った春も夏も秋も冬も、ほとんど毎日一緒にいたこと。
栄口のこと好きだって気がついて、一人で動揺した日のこと。
クラスの女の子が栄口に告るって聞いて、焦ってうっかり告白してしまった日のこと。
栄口が好きだって言ってくれて、嬉しくて泣いてしまった日のこと。

初めて手を繋いで歩いた日のこと。
初めてキスした日のこと。
初めて抱き合った日のこと。

二人の気持ちがずれ始めた、あの日のこと。
気まずくて、不安で、寂しかった日々のこと。
卒業式の日に感じた絶望感と、その後の毎日の喪失感。
そして、今日、また栄口に会えたこと。
やっぱり、オレは今でも栄口のことが大好きだということ。

こんなに好きなのに、どうして、別れられるなんて思ったんだろう。
栄口の肩に顔をうずめていたら、涙が出てきた。

こんな気持ち、言葉になんかできるわけない。
胸が痛くて息が止まるほど苦しいのに、嬉しくて幸せでしょうがない気持ちを表す言葉なんて、オレは知らない。だから、溢れる涙と、抱きしめる腕の力を強くすることでしか表すことができない。
それだけじゃ、きっと伝わらない。

「好き、大好き…」

なんとか探し出した言葉は、たったそれだけ。だから何度も言う。
何度も何度も繰り返す。

「栄口が好き…好きだよ…」

そのうち、涙に詰まって言葉にすらならなくなっても、それでも繰り返し言い続けた。
ここに来る前に散々泣いてきたから、もう泣かないと思っていたのに、なんでこんなに泣けてくるんだろう。

「うん…」
肩口のオレの髪に頬を寄せるように栄口が首を傾けた。
「オレも好き。ずっと好きだったよ」
耳元に響く声に、背筋をつうっと快感が走る。腕の力を緩めると栄口が体を返してオレの方を向いた。

「…やっと、言えた」
部屋を青く染めているカーテン越しの光の中で栄口が笑ってるのが見えた。
嬉しくなってオレも笑った。泣き笑いの変な顔してるんだろうけど、そんなの構わず笑っていたら、栄口の手が頬に触れた。冷たい指先に引き寄せられて唇を重ねた。触れるだけのキスと、深く溶け合うようなキスを、足りない言葉の分だけ、何度も何度も繰り返して。













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