No way to say B



栄口が住んでいるアパートはそこから歩いて30分くらいのところなのだそうだ。
大通りから細い路地に入って、線路沿いを二人で並んで歩いた。その間も電車が通り抜けていく。
栄口はうつむき加減に自転車を押していた。べらべらとくだらない話をするような雰囲気になるはずもなくて、少し重たい沈黙が続く。その間を縫うように遠くから踏み切りの遮断機の警報が聞こえていた。音が途切れたときに、オレは思い切って口を開いた。

「あのさ。オレ、ずっと栄口に言いたいことがあって、会って話したくて、ここまで来たんだ」
栄口が足を止め、自転車のブレーキが小さく軋んだ音を立てた。オレも足を止めた。栄口がオレに顔を向ける。斜め先にある街灯のオレンジ色の光に照らされた栄口の顔を見つめていたら、次第にその大きな目が潤み出して、ぽろぽろと涙が粒になって零れ落ちてきた。
いきなり会いに来て、怒られるか、笑ってくれるかしか予想していなかったから、泣き出してしまった栄口に動揺して頭の中が真っ白になった。

「わ、わ、わ、ご、ゴメンね!なんかいろいろ…なにから謝ればいいんだろ。えっと…」
栄口は下を向いて何度も首を振った。そのたびに、街灯の光を映した涙がはらはらとアスファルトに落ちるのが見えた。

「オレ…水谷に、ずっと謝りたかった」
「へ?」
「あの時は、いろんな、こと、考えてたつもりだったけど、結局オレは、自分のことしか、考えてなかっ…なかったって」

足元を見つめたまま話す、栄口の肩が小刻みに震えていた。オレは、栄口の頭を肩に引き寄せて、背中をあやすみたいに叩いた。西広がオレにそうしてくれたみたいに。

「あの時、水谷になにか、言われたら、そうとしか思えなくなるのが、怖かった。行くなって、言われたら、行きたくなりそうで…自分がどうしたいのか、一人で考えようと、思っ…たんだ」
「もし、オレが一緒にいくって言ったら?」
「それも、怖かった。オレのせいで、水谷が進路を変えるなんて、すごく、怖いことだと思った。だから、水谷も進路決めたって聞いた後に、話した、んだ」

泣きながら話すから、息が詰まって何度も何度もしゃくりあげる。時折、言葉にならない嗚咽を混ぜながら必死に話してくれる栄口が可愛くてしょうがなかった。

「…たった4年って、思ったんだ。離れても、たった4年だって。4年先に、水谷といるとき、後悔することがあるのは嫌だったんだよ。でも。なんで話してくんなかったの、って言われて、水谷にも選ぶ権利があるんだって…4年先にも一緒にいるなんて、そんなのオレの勝手な思い込みだって…。そしたら、もう全部怖くなって…オレばっかり、水谷こと好きで、迷惑、なんじゃないかと思ったら、か、顔も見れなかっ…た」

4年先。
栄口はずっと先のことを考えてたんだ。
4年後も、その先も、オレたちは変わらないって信じてくれてたのに、オレは目先のことしか見えてなかった。
オレは自分の浅はかさが情けなくて腹が立った。
ちゃんと、栄口の話を聞けばよかった。今更だけど、そんなことを思った。

「ゴメンね。オレ、栄口がなに考えてんのか、ぜんぜんわかんなかった。なにも言わずに栄口が決めちゃったのは、もうオレと別れたいからなのかと思っちゃって、でも確かめるのも怖くてあやふやにしてたんだ。栄口に嫌いって言われるのが怖くて…あとはほとんど栄口と同じ」

西広が言ってくれた、「言いたくても言えなかったのかもね」という言葉を思い出した。まったくその通りだ。
オレは、今までと同じ、家族と一緒に暮らして、住み慣れた街で、ただぼんやりと不安を掻き消していた。抱えていた不安を吐き出せる友達がすぐに会える場所にいた。同じような思いを、栄口は一人でしていたのかと思うと、よけい自分に腹が立つ。

「なんで、もっと早く言わなかったんだろう…ほんと、ゴメンね」
栄口が瞬きするたびに、涙が口の端を伝って顎の先から落ちた。
道の真ん中だから、号泣とまではいかないけど、ひっくひっくとしゃくりあげながら泣き続けている。
栄口が泣いているところは何度か見たことがあるけれど、いつも涙を零すだけの静かな泣き方をしていて、声を上げて泣かないのは癖なんだと思っていた。こんなふうにも泣けるんだと、少し安心した。
オレのことを思って、これだけ泣いてくれるんだと、嬉しかった。

「とりあえず、行こっか?」

腕で涙を拭いて栄口がうなずいた。









...more



[次へ] [前へ]



[Topに戻る]

-エムブロ-