No way to say @



※『きみの街まで』仲直り編です。








朝、食パンをかじりながら見ていたニュースで、今年の梅雨入りの予想をやっていた。
今年は少し遅いらしいけれど、近畿地方は関東より少し早くいらしく、今年もまたオレの誕生日と一緒だ。そんなことでも気が滅入る。毎年誕生日近くが梅雨入りなのに、こんな気分だったことはないと思う。
去年の誕生日は、まだ部活もやっていて、みんなにお祝いしてもらって、水谷ともお祝いをした。毎日が楽しくて、今にも雨が降り出しそうな空の色なんて、全然気にならなかった。
たった一年で、こんなにも変わってしまった。
あの頃の、今のまま時間がいつまでも続くなんていう根拠のない思い込みは一体どこからやってきてたんだろう?
着替えて、リュックに荷物を詰めて、家を出る。アパートのドアに鍵をかけ、階段を下り、自転車を取りに行く途中、朝なのに薄暗いなあと空を見上げた。まだ梅雨が始まるまで1週間以上あるけれど、今日の空の色は鈍くくすんだ灰色だった。憂鬱な気分がますます沈んでいく気がして、オレはため息をついた。
そうやって、今日も一日が始まる。




今日はバイトもなくて、一人帰って夕飯を作った。たくさん作ると何日も同じ物を食べる羽目になるとわかっていても、一人分だけを作るのはなかなか難しい。野球をやめてしまってから食べる量もずいぶんと少なくなったから、なおさらだ。引退してから半年以上たって、その間に筋肉が落ちたらしく、心なしか体が細くなった気がする。

食べ終わって、片付けもすんで、ぼんやりとテレビを見ていたら、ベッドの上に放り投げていたリュックの中で、携帯の着信音が聞こえた。着信もメールも同じ音のままなので違うのはメールは3コールで切れることだけなのだけれど、立ち上がってリュックの中をごそごそと携帯を探している間、着信音は切れることなく鳴り続けていた。
電話だ。
珍しいな、なんて思いながら携帯を開いて、画面の文字を見て心臓が止まりそうになった。

水谷、だ。

もうずいぶんと長い間かかってきていない水谷からの電話。
いきなり、なんだろう、とか、なにを話そう、とか、いろんなことが一気に浮かんで、一瞬電話をとるのを躊躇したけれど、このまま切れてしまうのが怖くて、何一つ取り留めのないまま通話ボタンを押した。声を出そうと大きく息を吸って、それまで自分が息を止めていたのだと気がついた。

「も、もし、もし…」
声が裏返りそうになるのを抑えるように言った。

『さ、かえぐち…?オレ…』
電話越しに聞くとよけいに聞き取りにくい、鼻に掛かった甘ったるい声。
本物の…水谷の声だ。携帯に塞がれた耳の奥で、自分の心臓の音が響いてうるさい。

『えーっと…ひさしぶり、だね』
「うん…」
『あのさ…』
「ん?」
『オレ、来ちゃった』
「え?」
『オレ、今、栄口の行ってる大学の前にいんの』
「え…!?」
『勢いで来ちゃったんだけど、栄口がどこに住んでんのかわかんなくて、知ってんのは大学の名前だけだったから、なんとかここまでは来たんだけど…ここから、どうすればいいのかわかんなくて…』

水谷の声の後ろには、車の音や街の雑音が重なって聞こえている。
どこか街の雑踏の中にいるのは確かみたいだ。

『オレ、栄口に会いたい、どうしたらいい?』

今、会いたいって、言った?
雑音にかき消されて、オレが聞き違えているのか、それとも、オレが都合のいい夢でも見てるんだろうか。輪郭線がぼやけているみたいで、この電話の向こうに水谷がいるのが現実とは思えなくなってくる。

『栄口?』
名前を呼ばれて、はっと我に返った。
「うち、近くだから…すぐ、迎えに行くね。正門のまえ?」
水谷は、辺りを見回しているのか少し間を空けて『そうみたい』と言った。
「そのまま待ってて、うん、じゃあね」

パタンと閉じた携帯を握り締めて、その場にへたり込んだ。携帯を握っている手がカタカタと震えている。手だけじゃなくて体中が震えていた。なにを喋ったのか思い出せないくらい、あまりにもびっくりしすぎて。
水谷が、ここまで来てくれた、なんて、それはどんな夢よりも現実味がない。
でも、耳に残っている水谷の声。懐かしい、声。
ずっと会いたくて、会いたくてたまらなかった。
すぐ近くに、いるんだ、と思ったら、余計に体が震えた。


嬉しい、でも怖い。
でも、

やっぱり嬉しい。


あの時言いたくて、言えなかったことがたくさんある
今なら、全部言える気がする。



オレは鍵を掴んで家を出た。







****


次は水谷から。
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