きみの街まで 




人ごみに押し流されるみたいに駅の改札を出て、外に出ると、町全体がオレンジ色に染まっていた。
キレイだなぁと思いながら、妙にしくしくと胸が痛むのも感じる。なにか欠けてしまって、ぽっかりと穴が開いたような、そんな感じ。
昔からこんな風に思ってたっけ?とぼんやりと茜色の空を見上げた。

「水谷!」
聞き覚えのある声で名前を呼ばれて、慌てて振り返った。
「久しぶりだね」
と、西広は笑った。
西広も家から大学に通っているから、使う駅は一緒なわけで、今日はたまたま同じ電車に乗っていたのだそうだ。西広も駅からは自転車で帰るらしくて一緒に駐輪場に向かった。


並んで自転車に乗っていると、なんとなく高校生の時に戻ったみたいでくすぐったい。
ゆっくりとこぎながら、今は、もう野球はやめてしまったこと、いろんなサークルとかから誘いはかかるけど、なぜかなにもする気が起きなくて、大学と家を行ったり来たりしているだけの毎日を送っていることとかを話した。

「あれ。水谷らしくないね。水谷ならまた友達たくさん作って楽しくやってると思ったのに」
「友達はたくさんできたよー…でもね、なんかあんまり楽じゃないんだぁ、高校生の時みたいにしっくりこない」
「まぁね。野球やってた時ほど、一緒に何かやることないから、あそこまで親密にはならないよね」
「西広も?」
「そうだね、オレも、少し寂しいかな」

チームの始まりが自分たちしかいなかったせいか、オレ達は仲がよかった。仲がよかったというより、家族とか兄弟みたいな感じだったと思う。毎日毎日同じ時間を過ごして、一緒にいるのが当たり前で。
それが当たり前のことではなかったのだと気がついたのは卒業してからだった。
今は違う道を歩んで、それぞれに違う世界が広がっている。それは、ひどく当たり前のことなのだけれど、とてつもなく心細い。
特に、オレはずっと心に引っかかったままのことがあるから、いつまでも新しい生活に馴染めないのかもしれない。

西広が話の切れ間に、自転車を止めて「あのさ…」と言った。
俺も自転車を止めると、西広はじっとオレを見て、それからゆっくりと話し始めた。

「栄口は…どうしてる?」
「え?」
「高3の途中から、二人ともちょっと変な感じだっただろ?そのまま卒業したからさ、ずっと気になってたんだよね」
「うん…」

栄口との関係がおかしくなったのは、栄口が進路を決めたという話をオレにしたときからだ。
それまで何度進路のことを聞いても、はっきりとは答えてくれなかった栄口から、いきなり遠くへ行ってしまうことを知らされた。
「なんで、話してくんなかったの?」
オレの言い方は責めるように聞こえたのかもしれない。そういう気持ちがあったのは確かだから。
あの時の栄口の表情は、今でもはっきりと思い出せる。
途方にくれたような、困ったような、そしてすごく傷ついた顔をしていた。
いろいろ問い詰めたいこともあったけれど、それだけしか言葉は出てこなかった。
オレは栄口の邪魔をしてるんじゃないかと。だから、なにも話してくれなかったんじゃないかと思ったからだ。
もう、腹が立っているのか、悲しいのかわからなかった。ただ、目の前にいるのに、栄口に手が届かないようで、それがさみしくて仕方なかった。

それ以来、話していてもなんとなくぎこちなくて、そのうち受験のことでいっぱいいっぱいになって、忙しさを理由に次第に顔も会わさなくなった。
時間がたてばたつほど気まずくなり、話もできなくなっていた。
栄口はたまに顔を合わせても、困ったように俯くか目をそらすようになり、もう、オレとのことはなかったことにしてしまいたいのかも知れないと思ったら、なにも言えなかった。
まだ好きだなんて、とても言えなかった。
そして、そのまま卒業してしまった。

どこから話せばいいのかわからなくて黙っていたら、西広が「仲直りしてないんだ?」と、言った。オレはなにも言わずに頷いた。

「仲直り、っていっても、別にケンカしてたわけでもないんだよ」
オレは、きっかけのあたりを西広に話した。それ以外のところはひどく曖昧で上手く話せる気がしなかったからだ。

「そうなんだ。なんで話してくれなかったんだろうね。栄口のことだからなんか考えてたんだろうけど…」
西広が、昔みたいに優しく話を聞いてくれるから、今まで考えないようにしていたいろいろなことが、めまぐるしく頭をよぎっていく。

あの時、オレがあんなことを言わなければ。
あの時、ちゃんと話をしていれば。
あの時…
思うのはぜんぶ後悔ばかりで、それでも、それを言い出すには遅すぎる気がして出口のない思いが足踏みをする。

「オレ…オレが悪かったのかなぁ…」
それを口にすると、涙がぼろぼろと零れた。

「わっ、水谷!?」
一瞬、驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの穏やかな顔に戻り、オレの頭をゆっくりと撫ではじめた。
「我慢、してたんだねぇ…」
頭を軽く引き寄せられて、あやすみたいに背中を叩いてもらったら、ずっと誰にも言えなかった、あの時の気持ちが溢れてきた。

「…なんか、好きなのはオレばっかりみたいで、オレ、栄口の足ひっぱってんのかなって思って…」
「うん」
「栄口においてかれたみたいで…もうぜんぶ自信がなくなっちゃって」
「うん」
「連絡も来ないし、もう、栄口はオレになんか会いたくないのかもしれないって思ったら、なんにも言えなくて…」
喋るたびにひっくひっくと息が詰まる。

「…水谷は?」
そう聞かれて、オレは顔を上げて西広を見た。
「水谷は会いたいの?」

栄口と一緒にいた短いような長いような時間。楽しかったことも、悲しかったことも、たくさんある。
どれも大切な思い出だ。だけど、その先がない。
オレの隣には、栄口がいない。

「…会いたい、さ…栄口に会いたいよう」
涙腺が壊れたみたいに涙が出てきて、視界がぐちゃぐちゃになってなにも見えなくなった。

「あーあ、もう泣くなって。ね?」
そういいながら、しばらく頭を撫でてくれた。
涙がひいてくるのと一緒に、気持ちが落ち着いてきたら、人通りが少ないとはいえ、道の真ん中で泣き出した自分が恥ずかしくなってきた。それにつきあわせてしまった西広にも申し訳なくなってきて、さっさと泣き止むように深呼吸をした。

「オレは、栄口は待ってると思うけどな」
西広を見ると、ちょっと遠くを見ていた。

「べつに確証があるわけじゃないんだけど、まわりから見てたらさ、オレには栄口は卒業するまで、水谷のこと好き、だったように見えたよ。水谷と同じ、言いたいのに言えなかったのかもしれないね。本当のことは栄口に聞いてみな?」
と、オレを見て小さく笑った。
「水谷から、話してあげなよ。もし、栄口も同じ気持ちだったら、きっと今ごろ水谷みたいに泣いてるんじゃないかな。二人ともそういうところそっくりなんだから」

急に一人ぼっちの栄口が、まぶたの裏に見えた気がした。
オレは、西広や、会おうと思えば、あの頃の友達に会える。

栄口はどうだろう?
知らない街で、一人でなにを思ってるだろう?
寂しくなったら、どうやって過ごしてるんだろう?

栄口はオレのこと好きじゃなくても、オレは今でも栄口のことが大好きだよ。
離れていても、それだけは変わらないよ。
だから、一人じゃないよ。

せめて、それだけは伝えなきゃ。

オレは腕でごしごしと涙を拭った。

「オレ、今から栄口のところ行ってくる!」
「え!?行くの?今から!?」
「うん!顔が見たいから会いに行ってくる」
「もう、水谷は…」
突拍子もないなぁ、とクスクスと笑いながら、西広はオレの背中をぽんと押した。
「がんばれ。早く仲直りしておいで」
「うん」
オレは自転車の向きを変えて力いっぱい漕ぎ出した。
「ありがとー!西広〜」

手を振りながら振り返ったら、西広も手を振ってくれていた。
オレは、今来た道を駅まで急いで引き返した。はやる気持ちに比例するみたいにスピードをあげていく。
今から栄口に会いに行くなんて、距離的にも、時間的にも、とんでもないなんてことはわかってる。
住所だって知らないし、今日家にいるのかどうかもわからないなんて、無鉄砲にもほどがあるってわかってる。
それでも、動かずにはいられなかった。
とにかく、栄口に会いたかった。


目の前の空は、夕焼けの色に夜の色が混じりあい少しずつ濃くなっていく。
切なくも優しい綺麗な色。
でも、もうからっぽじゃなくて、いろいろな想いが胸に開いていた穴を埋めている。




ねぇ栄口。
今、なにを思ってるの?

今度は、いろんなこと、オレにもわかるように全部教えて。





今から、会いに行くから。







遠い遠い、きみの街まで。








/end







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