きみの街まで









学校に行って、週に何日かはバイトに行って、家に帰って、ご飯を食べて、風呂に入って寝る。それが今のオレの毎日。
大学に入ってからできた友達もいる。時々遊ぶ程度だけれど。なぜか、それ以上深く付き合いたいと思えなかった。

オレは小さな玄関に荷物を無造作に置いて部屋に入ると、ベッドに倒れこむように寝転がった
駅には遠いのに線路には近いアパートは、電車が走る音が壁越しにくぐもって聞こえてくる。
単調に繰り返す音を聞きながら、オレはなにをするわけでもなくぼんやりとしていた。
なんで、オレはこんなにひとりぼっちな気持ちなんだろう。
高校生の時は、一人でいたって、一人だと思うことはなかった。いつも誰かと関わっているのを、目に見えなくても確かに感じていた。
今振り返ると、あの頃の連帯感はなんだったのだろうかと思う。
それに、オレの隣にはいつも水谷がいた。

水谷とは、卒業してから一度も会っていない。会うどころか連絡すらも取っていない。
卒業よりも前に、俺たちの間はギクシャクしていた。
きっかけはオレが進学のことを水谷に相談しなかったことだ。オレはギリギリまで悩んでいた。
行きたい学校は決まっていたけれど、それでも、家を出ること、住み慣れた町を離れること、水谷から遠くなってしまうことを考えると決心が揺れた。
だから、自分の気持ちをはっきりさせたくて、一人で考えて、考えて、関西の大学を選んだ。
そのことを、すべて決めた後に水谷に話したら、すごく傷ついた顔をしていた。
「なんで話してくんなかったの?」って。

その本心は今もわからない。
話さなかった、そのこと自体が傷つけたのだと思う。もし話していたら、進学先を変えるように説得されたのか、もしくは水谷はついてこようとしたのか。それとも、離れても、また一緒にいられる日のことを約束してくれたんだろうか。

あの時ちゃんと話していれば、そんなよくわからないもやもやは無くなっていたかもしれないのに、受験のことで頭がいっぱいになってなおざりにしていたら、気まずくて話もできなくなっていた。
そして、そのまま卒業してしまった。
言い訳も、約束も、なにもできないまま。



ポケットの中で携帯が鳴って、3コール目に切れた。メールだ。のっそりと携帯をあけてみる。無機質に明るい四角が目に痛い。それは大学の友達からのメールだった。

『今から飲みに行くんだけど栄口も来る?女の子もいるよ』
いつもこんなメールばっかり。なんだか最近なにもかもが面倒くさい。

『ごめん、今日はパス』
ピ、と送信ボタンが鳴って、メールがどこかに運ばれていく絵が揺れた。
返信画面が消えると、またさっきの友達からのメールに戻る。もう用のないそのメールを削除した。そのあとに出てきたのは、今も消せないままの水谷からのメール。

いつも水谷のメールはあちこちに絵文字が入ってて、まるで動いてるみたいだった。絵文字ってあんまり好きじゃないけど、水谷のだけは楽しくて好きだったな、なんてことを思い出した。
高校を卒業してから、ぜんぜん増えないオレの受信フォルダの中は、ほとんどが水谷からのメールだった。
なんとなく最後に受信したメールから、順々にさかのぼっていく。


『宿題、明日写させて!』
『試合がんばろーね』
『明日学食行こ?』
『明日練習何時から?』
『今から行くね〜!待ってて』
『おはよ!今日は寝坊しなかったもんね』
『おやすみなさい』


ほとんど、くだらない話ばかり。なんでもないありふれた毎日の出来事ばかりだ。
でも全部憶えている。
そのときの空気の温度も、色も、早くなった鼓動も、嬉しくて一人笑ったことも。
一緒にいるのが当たり前で、それが特別なことだなんて思いもしなかった。
今思い出せばあんなに愛しい時間はなかったのに。
もう戻っては来ないのに。

「会いたいよ…」
たったそれだけのことなのに、なぜ言い出せないんだろう。

「ねぇ、水谷…。会いたいよ」

握り締めたままの携帯電話に『大好きだよ』って文字が浮かぶ。水谷の声が聴こえてくるみたいで涙が零れた。

「オレは今でも、大好きだよ」
いくつもいくつも落ちてシーツに染みこんでいった。



西日が入る部屋の中は、夕暮れ色の闇に溶け始めていた。その中にいる自分は記憶の残像みたいで、存在が頼りなくぼやけていく。

遠ざかっていく電車の音を聴きながら、一緒に連れて行ってくれればいいのにと思った。



あの街まで。




彼のところまで。






/end



08.03.30
















...more



[次へ] [前へ]



[Topに戻る]

-エムブロ-