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SS-エスコロ

うたが、聞こえた。
風に乗ってきたその元を辿ると、庭先で小さな背丈で腕を目一杯伸ばし、洗濯物を干している少女の背中が見えた。その口が、小さく紡いでいる歌が、流れるようにここまで届いてきたのだ。
今日は家主を訪ねてきたエスカデだったが、丁度同居人の少女が居るので、声をかけようと手を掲げた。しかし挨拶が口を突く前に、何となくそれを飲み込み、所在なげに腕まで下ろす。
少女の作り出す和やかな空間を、壊してはならないと思ったのだ。
だがこのまま無視をして背後を通り過ぎるのも、忍びない。少し迷った後、エスカデは「オイ」と声を上げた。すると少女は「きゃあ!」と悲鳴をあげて文字通り飛び上がる。

「……悪い、驚かすつもりはなかった」
「………え、…すかで、さん…」

魔物にでも遭ったかのように恐る恐る振り向いた少女は、エスカデの姿を認めてホッと息を吐いた。取り落としてしまった洗濯物を慌てて拾って払う。

「アイツを誘いに来たんだが、居るか?」
「あ、師匠は、バドと一緒にドミナまで買い物に行ってるんです」
「そうか…」
「あ、あの、すぐ戻ってくると思います! お昼までのセールに行ったんで!」

家主の不在にエスカデが身を退こうとすると、少女は慌てた様子で言葉を補う。ぱちりと瞬きをしたエスカデは、「そうか」と言って近くの木陰に腰を下ろした。何故だか少女は安堵の息を吐いたようだった。
昼前のこの陽気、エスカデを穏やかな睡魔が襲ってくる。木の幹に背を預け、ひとつ大欠伸。けれどこのまま目を瞑ってしまうには惜しい。
エスカデはふと、少女を呼んだ。

「なあ、さっきの歌だが」
「えっ、き、聞いてました?」
「聞こえたんだ。あれ、もう一回歌えよ」
「な、なんで…」
「なんとなく、心地よかった」

少女は困ったように眉を下げ、頬を赤くする。
エスカデには先程少女が歌っていた歌の旋律も、歌詞も知らない。けれど何処か、心に響く何かがあったのだ。

「……別に、聞かせられるような物じゃないんです。昔、すっごく小さい頃に、母が歌ってくれたっていうだけなんで、半分うろ覚えだし」
「別にそれでいい」
「わたし、そもそも歌もうまくないし、きっと夢見が悪いですよ」
「構わない。お前のうたが聞きたい」

エスカデの譲らない態度に、少女は耳まで真っ赤にしてぷいと顔を背けてしまう。少し強引すぎたか、とエスカデが反省していると、やがて再び風に乗って小さな歌声が聞こえた。
洗い上げたシーツが、白く眩しく光っている。そんな白い海の中で、少女はセイレーンのように子守唄を紡ぐ。地上の、随分と家庭的な鳥乙女だが。
目を閉じるエスカデの脳裏に、いつかの想い出が蘇る。もう戻れない、戻りたくもない過去だが、うたは優しくそれらを包んで浄化する。
一度、此方を振り返った少女は、白いシーツにも負けない眩しい笑顔を浮かべた。



☆―――――
SS練習。なんだか意図せず長くなってしまう。
頭の中では起結まで浮かぶんだけど、文章に起こすのはなかなかむずかしい。と、今更思いました。
次はどのキャラで練習しようかなー。
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