2010-11-24 01:30
久しぶりにss
船長と操舵手という単語に見覚えのある方はどうぞです
けたたましい騒音が船に響く。銃声、金属音、肉の裂ける音そして、断末魔。
様子を伺うことはできないが、甲板の上はさながら地獄絵図なのだろう。
だが男にはそんなことはどうでも良かった。自分は自分の居場所に居れば良いと、そう考えていた。
男がいる場所は、どうやら操舵室のようだった。彼方を見渡せる広い窓、壁を埋めるように貼られた海図、そして中央に鎮座する羅針盤と面舵がそれを如実に語っていた。男はその面舵の前に座り込んで動かない。平素ならばこの場所で舵をとるのが仕事であるが今はその平素ではなかった。甲板からの音が示す通り、抗争が起こっているのだ。男が乗るこの船ではそんなことは日常茶飯事であるので慌てもせずただじっとしている。男は舵取りではあるが、海賊ではなかった。元は商船にいたのである。しかしその商船が海賊に襲われ今に至る。
この海賊は他の連中に比べ質が悪いと、被害者である男は理解している。自分たちの欲望を満たすためなら容赦がない、畜生のような連中だった。この海賊達に襲われて殺された男たちや犯された女たちを男は何度も見ていた。それに見て見ぬ振りをした男も同罪であろうが、その選択は正しい。誰であろうと自分の命は惜しいのだ、男を裁くことなど愚かである。
今回襲った船もそうなるのだろうと男はげんなりと考えた。女王蜂を乗せたメインマストは美しかったが、すぐに燃やされてしまうのだろう。それだけが悔やまれる。
突然、扉が蹴破られるな音がした。いきなりな暴音に男は振り返る。
「よう」
もう扉ではなくなった板の上に人が立っていた。深緑のキャプテンハットは片方だけに房が広がり、大きな鋏に見えた。見るからに海賊の船長の格好である。
その船長は不遜な態度で男を見ていた。口角は愉しそうに弧を描き、オレンジガーネットの瞳は獰猛さを隠すことなく輝いている。体の線は細いが、醸す空気は女のそれではない。不釣り合いなその二つが船長を構成しているようだった。
「てめぇがこの船の舵取りだな」
船長が問いかけではなく確定を口にする。その声も自信に溢れたアルトだ。さらに性別の区別が難しくなった。
「…だったらなんだってんだい?」
男が口を開いた。声は抑揚のない、諦めを含んだ色合いだった。
肯定ととれるその言葉に、船長は歯を見せて笑う。実に愉しそうに。
「俺の船に来い。文句は言わせねぇ」
何を馬鹿なことを。と男は眉をしかめた。自分の船を襲った海賊を引き抜くなど聞いたことがない。
「いきなりだねぇ。というか上の連中はどうなったんだい」
「腑抜け共なら今ごろ俺のクルーがのしてるだろうよ、まぁ俺に襲いかかってきた連中なら既に殺したけどな」
船長の持つ片刃の剣からは微かだが、確かに血の匂いがする。船長自身の背筋を伸ばした立ち姿も芯が通っており一分の隙もない。相当の手練であることは男にもわかった。
「それでも、断ったら」
「その足をへし折ってでも連れていく。腕はまぁ、舵取りに必要だから勘弁してやるが」
不遜な態度で船長は言う。どうやっても男を引き抜きたいらしい。
「わからないねぇ、どうしてそこまでして」
男は首を横に振る。自分はただの舵取りだ。特別、何かしらの能力に長けているわけでもない。
「俺の船、舵取りがいねぇんだよ」
あっけらかんと、船長は言い放った。男は驚く。今、何と言った?
「え、じゃあどうやって航海を…」
「うちの航海士に丸投げだな」
それは、かなりの無茶ぶりではなかろうか。
「今までよく無事だったねえ」
「俺の船がそう簡単に沈むはずないだろ。が、いい加減舵取り雇えと文句言われてな…そんな時に今の襲撃だ」
ならこの船の舵取りが使えるようなら引き抜けば良い。船長はどうやらそう考え付いたらしかった。
「下手くそなら切り捨てるとこだったが、お前は及第点だ。光栄に思えよ、俺の船を操れるんだからな」
どこまでも不遜に、船長は笑う。
「だが俺はそんな大層な人間じゃ……」
「五月蝿ぇな。お前の見た目やら人格やらなんかどうでも良いんだよ、ただ操舵技術が欲しい、それだけだ」
わかったら大人しくついてこい。
船長は腕を組んだまま、座りこんだ男を見下ろしそう言い切った。
「全く、どこまで自分勝手なんだか……ねっ」
言い放つやいなや、男は手元にあったナイフを船長目がけて投げた。船長は避けることもなくそのまま動かない。
いや、動く必要がないのだ。
ナイフが肉に刺さる音がした。
船長の後方、武器を振りかぶっていた人間がいた。それの喉元には男が投げたナイフが鈍く光っていた。
崩れ落ちるそれを一瞥して、船長は「こっちも使えるな」と一人つぶやいていた。
「やれやれ、これで俺も立派な反逆者だ。ちゃんと面倒みてもらえるんだろうねぇ?」
立ち上がり、問い掛けた男に船長は口角を釣り上げて笑った。
「任せろよ」
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梟野さん宅のヴァンさんをお借りしました!
長いことかかったけどようやっと書き上げれて良かったです……´`*
船長とヴァンさんの出会いってこんな感じだったのかなぁと妄想しつつ書かせていただきました!
船長が安心と信頼の横暴ですごめんなさい←
互いに名前名乗ってませんが、仕様ですので悪しからず
保存、転載は梟野さんのみどうぞですー
こんなんじゃねぇよってことありましたら本当にごめんなさい;;