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第一章 第十三話

「じゃ、じゃあ移動だし、また後で色々話そうよ。」

「それもそうね。じゃ、また後で。」

和音はそう言うと、自慢のポニーテールをなびかせながら、自分の並ぶ場所へ向かった。

和音との会話が終わった後の蒼海の心は、退屈という言葉でしか表せなかった。緊張の糸がブツンと切れ、ただボーッとしているだけだった。

いざ入学式が始まっても、校長先生の演説や生徒代表の言葉などは、蒼海は耳に全く入らない状態だった。

体から魂が離れ、脱け殻状態になった蒼海には、一分が一秒に感じ、入学式はあっという間に終わった。

何故、蒼海が女子と話しただけでここまで衝撃を受けたのかは、彼の過去に訳がある。

実は、蒼海は和音と話すまで、ほとんどまともに女子と会話をしたことが無いのだ。そんな蒼海にとって、いきなり好きな女性と会話するというのは、少々刺激が強すぎたみたいだ。

入学式も終わり、蒼海達は一旦クラスに戻ることになった。残っていることと言えば、明日のことの連絡事項などを聞いたりするだけだろう。

クラスに戻ってからは、少し暇な時間があった。何故かというと、先生達が職員室に行っているからだ。

蒼海は和音と話そうと思っていたが、肝心の和音が他の女子と話していたので、話しかけることが出来なかった。

『うーん…やることもないし…寝よ。』

蒼海はやることがないと、大抵は寝ることしか出来ない。

他にも新しい生徒手帳を見るなどあるだろうに。

第一章 第十二話

「そ、そう、ありがとう…。」

今の蒼海にはこう答えるのが精一杯だった。

「私は風間和音よ。名前の方は、和の音って書いてカズネって読むの。たまにワオンって呼ばれるけど、あれ一番ムカつくのよね。」

「ワオン?」

「そう。ただ名前の漢字を音読みしただけなんだけど、そう呼ばれると無性に腹立つの。」

「まぁ、確かに意図的に呼ばれるとちょっと嫌かもね。」

「ううん。意図的じゃなくてもムカつくわ。」

「そ、そうか…。」

蒼海はただ苦笑いをしながら聞くことしか出来なかった。というのも、和音の顔が完全に苛ついているように見えたからだ。もし、わざとワオンと呼んだら、右手から鉄拳が飛んで来そうな勢いだ。

「ま、まぁ、なるべくワオンとは呼ばないようにするよ…。禁句だろうし。」

「うん、そうして。もし呼んだら左手の鉄拳で応えるから。」

和音は微笑みながら言ったが、その笑顔は殺されそうな勢いだった。

『右手じゃなくて左手かよ!!』と、蒼海も全く違うところにツッコんでいた。

まだまだ和音と話していたい蒼海だったが、臼田先生の声が耳に入って来た。

「はい、じゃあみんな廊下に出て!男女一列で出席番号順に並んで!」

臼田先生の掛け声と共に、クラスメート達が外に出始めた。

「あぁー入学式かぁ。やべ、急に緊張してきた。」

「そう?私は普通だけど?むしろ寝るわね。」

またもや和音の不敵な笑みが浮かび出たように見えた。

「おいおい…。」

もうどこまでが本心なのか、蒼海は掴み得なかった。

第一章 第十一話

『知ってると答えれば、まるで最初から興味があったかのように思われるかもしれない。いくらなんでも考えすぎだろと思われる人もいるかもしれないが、恋というものは自分の気持ちを相手に知られてしまえば、そこで終わってしまうのだぁぁぁあ…!!』

蒼海は一人心の中で誰かにこの叫びを訴えながら、知らないと答えることにした。

「ごめん、分からないや。」

と白々しくも笑いながら答えた。

「あれ?でもさっき、私のこと名字で呼ばなかった?」

!!!

『しまったぁぁぁああ!!さっき思わず名字で呼んだの忘れてたぁぁああ!!』

蒼海は慌てながら、何とかその場をやり過ごそうと、必死に言葉を並べた。

「あー、えーと…あれー?そうだったっけー?あはははは…」

こんな逸らし方はマンガの世界でもなかなか見られないだろう。不自然を通り越して、むしろ知ってると言っているようなものだ。

「…………。」

和音は明らかに蒼海は疑いの目で見ていた。あんなマンガでもそうそう見られない逸らし方をされれば誰でも疑うだろう。

「…まぁいいわ。知らないってことにしといてあげる。」

和音はそう言ってくれたが、蒼海の目には何故か、和音が不敵な笑みを浮かばせたように見えた。
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