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科目多すぎ・・・

今日は科目登録ガイダンスに行ってきました〜
取りたい科目も多いけど、そもそも選択肢が多すぎる・・・
英語の説明文とか、内容はわかるけど多すぎるよ・・・

ということで、入学式終わって落ち着くまで新作更新できないかも?
あくまで予定ですが。

でもやっぱり、魅力的な講義は多いです。
学部越えて授業聞くこともできるので。
ジャーナリズムだけでなく、商業とかも必要かな〜と思うなので。
それに心理学と哲学もとらせてもらえるのは嬉しい!

刹那、何かが崩れていく(上)

05. atempause
一瞬。ほんの一瞬で、私の世界は、変わってしまった。

 

私は冷たい水をかき分け、空気のある場所をつかむ。
一瞬、エラ呼吸から肺呼吸に変わる瞬間が苦しい。体の内部をぐっとわしづかみされるような、そんな痛みがある。それから罪悪感。
しくしくと尾を引く痛みを克服すると、霧だらけの視界にひとり、いつもぽつんと自分がいた。
私はゆっくりと指を水から引き上げて、爪がぴかぴか光るのを見た。水の中だと冷たい色にくすんで、時折苔が引っ掛かっているそれは、地上ではミルク色に光を跳ね返す。
それからその手を、煉瓦が崩れた井戸の縁に引っ掛けた。最初は力の入れ方がよくわからなかったけれど、指先に力を移動させる方法もお手のものだ。
体をぐっと宙へ持ち上げる。この、腰に見えない海藻が絡んで私を引き留めるような感覚だけは、いつまでも慣れることはなかった。
足が空気に触れると、さっと草原を風が駆けるような、涼しい温度が足をなぜた。鱗が引っ込んで、肌になる。
人間界には人魚姫という悲劇の少女がいたという。
それは物語だったが、水中には『人間界のもの』として語られている。
本当に少女がいたかは私は知る術もないが、人間界の話なのだから、人魚姫は人魚ではない。『人間』だ。
彼女のように私たち『人魚』は取り引きをしなくとも足を持つ。声もちゃんと出る。おまけに人間の言葉と同じものを使う。
それは人魚の先祖が人間なんだか、その逆だか、どちらが先かなど話し合うのは不毛であるが、どちらにせよ根本を共有するからである。
私は井戸の縁に足をかけ、ぐっと、それを蹴った。着地もキマル。
草が足の裏をふわりと受け止め、私はまだふらふらする二本足で立った。
歩き出すにはもう少しこうして、体が言うことを聞くのを待つ必要がある。
木の根のような、まだ動いてくれない足を待つ間に、ゆったりと辺りを見渡す。
人間にこの、井戸からあがってくる瞬間を見られたらおしまいだ。無防備な今、見つかったら少しばかり充電された足の指をてこに、地面を蹴りあげて水に戻らなければならない。
そんなへまをするとは、自分でも思えないが、さわさわと囁く木々の間を、草花をなですれ違う風の隙間を、念のため見回しておく。
実のところ私は、人間には会ったことはない。
もちろん一生会わないほうがお互い幸せであろう。そんなことはあちらだって解っているはずなのに、人間は好奇心とやらが強いらしい。
昔から私たち人魚が利用しているこの井戸は、魔界の入り口だとか妖精の穴とか一番的を得ているのだと乙女の井戸とか、とにかくそんな人間の心を煽るような名前を好き勝手につけては、井戸の中にだみ声を放ってみたり大人数で度胸試しをしてみたり。迷惑極まりない。
最近は学者の集団がよく訪れていて、霧で常に暗いので大差はないものの、夜空のしたでないと私は顔を出すことができなくなってしまった。
私がこんなことを頻繁にしているのを唯一知るともだちは言っていた。
学者がいちばんたちが悪いと。
彼らは他の人間と同じように私たち人魚を捕らえようとするだろう。
だけど、学者はいちばんたちが悪いのだ。趣味が悪いとしか言いようがないし、私たち人魚にとっては屈辱であり、恐怖であることを平気でやってのけたり強要したりするだろう。
そう教えてくれた彼女は、人間界にとても詳しかった。キライなのになぜ、とたずねたとき、彼女は言っていた。知識があることで、命を守ることができるかもしれないから、と。
人魚には性別がない。というより、女性しかいない。
いくら人間が嫌いな彼女も、子孫を残すにはいつかは人間界に出るしかないのだ。
だから、知識は盾になる、と。
彼女は言った。
まず、学者たちは、私たちをたっぷり見世物にした後、足にナイフを入れるだろう。鱗を削って肌に変わる仕組みを調べるかもしれない。
それから脳みそをほじくりだして、人間のそれと比べて、何かしらの人間の優位性を躍起になって探すだろう。
肺やえらを調べて、心臓を裂いて、それから・・・人魚の血肉を口にすると、不治の病がなおったり寿命が延びる理由を探し出すころには、もう目も当てられない姿に変わっているだろう、と。
私は足の指を握ったり伸ばしたりしてみた。だんだん血が行き届かなかった足にも、温かみをつれた液体がめぐるようになる。
一歩を踏み出す。草の感触が柔らかく感じられた。そうすると私はもう自由だ。
鉛の鎖でつながれていたかのようにだるかった足が、うそのように地面を蹴とばす。
この、歩くと言う動作がたまらなく好きで、私はわざわざ危険を冒して人間界に来る。
足で初めて立ち上がったとき、足の裏が痛くて痛くて、涙が思わず滲み出た。
地面から反発する小さな力にすら、今まで海の中をうねるように進み、それ以上の抵抗を感じたことのなかった私にとって、その直接触れたものから拒まれる力は強烈だった。
だからこそ、私はそれがいかにも「生きている」と言ってくれるようで、唇をかみ締めて痛みに耐えながら、心はなみなみと満たされていった。
人魚の生活はひどく平穏で、退屈だった。
『人魚の井戸』は天敵もいない。何もないのだ。
さっきため息をついてあぶくを作ったときから、いったい何日経っているのか。何時間、何分、何秒過ぎ去ったのか。それは誰にもわからない。
そんな変わらない循環よりも、私にはめまぐるしい針の動きのほうがとても魅力的に映る。
友達は私に言った。
『あなたは、人間寄りなんですね』
根本は人間と同じなのだから、どちらに近いと言うことはないだろう、と思っていたがやっぱり違うことはあると最近はわかってきた。
考え方も、生活もまったく違う。人間は私たちを古くから動物として扱ったし、だから人魚の身体に平気でナイフを、牙を突き立ててきた。
カニバリズムと人魚を食らって生きながらえた人々が軽蔑の目を向けられることはなかったのは、人魚は人間でないという理念があったから。
当時、医学がまったく進んでいなかった人間にとって、人魚の血肉は重宝された。
血をすすればたちどころに病が治り、肉を食らえば寿命が延びる。
ただし、人魚の血肉はいちど食らうと味が忘れられなくなり、ほとんどの人間が中毒状態になるというが。
そんなことをする人間が、同じ種のモノだと思いたくない。私の友達はそう呟いていた。
だから私は陸へはひとりで上がる。彼女を無理に人間界に慣れさせようなんて毛頭思わないし、私は子孫とか、そんな難しい問題には極力かかわりたくないと内密でここにいる。
ひとしきり私は湖の周りを走った後、水の中に足を沈めた。
やはりまだ走り回るには足が慣れておらず、水の近くから離れられないのはそのせい。
水に足をつければ勝手にうろこがふくらはぎをびっしりと埋め尽くすが、尻尾になるのは自分の意思だ。だから、私は二本足で水の中に立つこともできる。
チチ・・・という声がして振り返ると、木に小鳥が止まっている。
鮮やかなブルーの線が入った羽を揺らし、木の枝を突っついていた。
私は着ていた透けるような白い服の端っこを、握りしめて水を絞る。
水面に水滴が落ちて波紋があちらこちらで起こる姿でさえ、何年も水と付き合ってきた私はついこの間初めて見たものだった。
チチチ、と鳥が小さく鳴いて飛び去った。私はそれを、空に放物線を描く点となるまで見送る。
そのとき。
がさっ、と木が揺れる音がして、思わず振り返った。
あまりに突然のことで、私は急いで逃げるとか水の中に隠れるとかできたはずなのに、動けなかった。
心臓をぎゅっと鷲づかみにされ、逃げられないとそのまま捕らえられてしまったよう。
どうしよう、人間だったら逃げなくちゃ。
そうは思っているのに足が動かない。
ぽたり、と汗が垂れた。そのしずくはやはり、水面に円を描いてとける。

「あ」

やっぱり、人間だった。
彼は・・・ひと目で男とわかったのは不思議だったが・・・私とは違う驚きを顔ににじませていた。
逃げなくちゃ。この透明な水を透かして、うろこが彼に見えてしまう前に。
そう思って一歩をやっと踏み出せたとき、彼はずんずん近づいてきて私の腕をあっという間につかんでしまった。

「きゃ」
「寒いだろ!こんな季節にそんなとこ入ったら!」

ちょっとあきれた様な怒声にも似た声を私に浴びせた。
悲鳴を上げかけた私は、口の中に妙な虚無感を作ってそのまま陸に引き上げられた。
どうやらうろこは霧もあったせいか、見えなかったようだ。
腕をつかんだ手はものすごく大きくて、それから私とは比べ物にならないほど温かかった。
私を引き上げた彼は、緑色の髪の毛に、麦の穂の色の肌、瞳は深い新緑の色で、それから赤い縁の眼鏡をかけていた。
手には分厚いかばん、それから身体をすっきりとした洋服で包んでいた。
うっとうしそうにその眼鏡をはずして、彼同様私をまじまじと観察した。
身構えた私は、念のため横目で井戸への最短ルートを確認する。
そして警戒心丸出しの私に彼が言ったのはこうだった。

「風邪引いてないか?タオルあったらよかったんだけど・・・」

もっと聞くことがあるだろうに、彼はそれだけ言うと何かを探すようにきょろきょろした。
私を座らせると彼は木の枝を数本、拾ってきて散らばす。
その瞬間逃げればよかったのに、彼がどういう人物か、どうしても確かめたくなって私はおとなしく膝を抱えて座っていた。
彼はかばんから小さな箱を取り出した。本でしか見たことがなかったがそれはマッチだった。
こすると本当に火がつくのかと興味津々で見つめていると、彼はいとも簡単に炎を生み出した。
思わず歓声をあげて拍手をしたくなったが、そんなことをすれば不信がられてしまうと手を打ち合わせる直前に気づく。

「ココアでいいか?」

名前くらいは知っていたが初めて飲むもので、いいかと聞かれてもよくわからない私は反射的に頷いていた。
小さく笑ってみた彼は、背丈よりもあどけない。
かばんから銀のポットを取り出して、湖の水をすくった。それからそれを焚き火に直で置く。
しばらくの沈黙。彼は時折、ポットを持ったまま温めている方の手を、熱そうにかばいながらじっとそれを見ていた。
こぽこぽと泡がはじけ踊る音がする。
熱い湯は初めて見るが、どういう仕組みだったっけ?
友達に教えてもらったのに忘れてしまったそれを探し、頭の中をかき分けていると、その間に彼はポットを草の上にいちど置いた。
かばんの中からカップを取り出して、それから何かの缶を取り出す。
缶を開けると、嗅いだことのない甘ったるい香りが流れて、瞬きを思わずしてしまった。
そんなことには気にも留めず缶の中身をカップに移して、ポットの中のお湯を注いだ。
湯気が立つ。それを差し出された私は、熱いものを触ったことのないのでゆっくりと、カップに触れた。
少し熱かったけれど、柄の部分は思ったよりそうでもなかった。カップに口をつけ、舌を彼に見えないように出してちょっと舐めてみる。
ものすごい熱い。けれど、甘くて、おいしかった。いつもこの辺りでご馳走になる、花の蜜とは違う甘さだった。
彼は私がちょびちょびとココアをすすりだしたのを見て、満足げにえくぼを作った。
そして口を開く。

「お前、名前は?」

本当の名前を言うのは少しためらわれたが、私はココアに夢中になっている口をカップから離した。

「・・・あい」

嘘はついていない。名前のすべてを教えたわけでもないが。

「ふーん。オレは植木耕助。この辺りで大学の調査活動やってんだ」

大学。
と聞いて、私は芯が凍る思いだった。

「・・・が、くしゃ、なの?」

学者。それは私たちがもっとも警戒すべき人間。

「うーん。まだ、見習いだから。調査も教授の使いっ走りできてるし」

笑って見せた彼。見習いでも何でも、目の前に最近は姿を現さず、ほとんど伝説化した人魚がいるとわかれば。
・・・彼もまた、目の色を変えて捕らえようとするのだろうか。

願ってしまった瞬間、歯車は回りだす・・・(下)

「あの井戸、あるだろ?」

どきん、と心臓が縮こまる。

「オレ、考古学専攻だから、あれを調べてるんだ。伝説では乙女の井戸とか言われてるみたいだけど、本当は誰が何のために作ったのか、とかな」

真実はこうだ。
私たちの先祖は、この辺り一帯に暮らしていた。この湖もかつて、人魚が住んでいた。
けれど人間に捕獲され、次々と仲間は消えうせる。
生き残った人魚たちが、トンネルのようなその通り道を作って、煉瓦を積み上げ井戸にした。
通り道は深く、人間がとても潜っていけるようなものではない。
人間はその井戸よりも、井戸が通じている場所を求め、井戸は忘れ去られた。

「それと」

彼ははにかんだような笑いを見せる。

「人魚が、本当にいるかどうか、ってな。笑うか?」

笑えなかった。私は。
顔がこわばっていくのがわかる。逃げなければ、と本能が心を掻き立てるけど、私は一歩たりとも動けない。
逃げるどころか、立ち上がるのすらできなかった。
ココアのカップに、水滴か私の汗かわからないものがすべる。それを落とさないでいるだけで精一杯だった。
彼は私には気にも留めない。

「ここ一週間、このかばんもって、ココア飲みながらその井戸をじーっと、見続ける。それだけ。もしかしたら人魚がそこから、上がってくるかもしれないって。たまにココアと飯を取りに帰って、また戻ってくる、のくり返し」

私が出てきたときには彼はいなかった。
悪運が強いとしかいえない。もしかしたら彼に見つかっていたかも、と思うと背筋が凍る。

「ねえ」

私は、どうにも逃げることもできないし、今逃げたら身分証明するようなもので、彼の目線が井戸から再び離れるのを待つしかなかった。
やっとまともに喋った私に、少しほっとしたのだろうか。
ちょっとだけ唇の端を持ち上げて、先を促してきた。

「もし、仮によ。人魚がいたとして。あなたは、どうするの?」
「どうするって・・・」
「・・・捕まえるの?」

私は、ばれないように奥歯をかみ締めた。彼が頷いたら?
私はどうすればいいんだろう。
井戸に一直線に逃げるしかない。そうしたら、もう陸には上がれないだろう。
周囲が信じるかはわからないが、彼が人魚がいると知ったら、きっと血眼になって私を探そうとするだろうから。

「いや、単に会ってみたい、ってだけかな」

彼は乾いた声で笑った。

「オレの母ちゃん、昔死にそうになったことがあるんだ。医者にも見離された、病気で」

ぞくっとした。その先、彼がなんと言うか、それを聞くのが少し恐ろしい。

「オレ、父ちゃんと一緒に病院と言う病院をまわったんだ。でも受け入れてくれる病院なんてなくて、それで、家に帰ったら・・・」
「・・・帰ったら?」
「母ちゃんの病気が、けろっと治ってた」

その先、彼の母親はどうなったのだろう。
それで、と促してみると、彼は笑った。

「人魚に会ったって言うんだ。そのとき、この近くに住んでたんだけど、人魚が森から来たって。最初、二本足で歩いてるし母ちゃんも人魚とは思わなかったって。
それで、母ちゃんを助けに来たって言うんだ。人魚とはもちろん面識もないわけで、母ちゃんもコレは夢だと思ったって。
治してやるからこれを舐めろって、人魚が指先を切って、自分の血を飲ませたらしいんだ」

人魚の血。水のような、透明で金に輝く人魚の血には、治癒能力がある。
けれど、一度舐めると最後、忘れられなくなる味だと言う。
ほとんどの人間は、人魚を食らうと死ぬまで、人魚のとりこになり追い求めると言う。

「で、治ってたってわけだ」
「それで?」

え、と彼はちょっと戸惑う。
終わりだけど、と少し申し訳なさそうに言うが、私が聞きたいのは彼の母親の“後遺症”の話だ。

「今は、お元気なの?」
「うん。今日も、母ちゃんが弁当持たせてくれた」

ちょっと食うか?と進められたが、あいにく今は食べ物がのどを通りそうにないし、人間の食べ物は初めて見たし。

「・・・人魚の血が恋しい、とかはおっしゃらない?」
「は?」

彼は怪訝そうに眉根を寄せた。
意味がわからない、と言いたげで、それにはどうやら嘘偽りはないようだ。
ほっと胸をなでおろす。
彼の母親は“例外”であったと。
よく考えてみればそうだ。
人魚がわざわざ自分の血を与えて命を救うという話は聞いたことがなかったし、彼の話が本当ならよっぽどの恩か、彼の母にしかない何かがあったとしか思えない。

「あなたは、怖くないの?」

え?と首を傾げられて、私は彼の深緑の双眼をまっすぐと見つめた。

「伝説上の生き物が、この世にいると思ったら、しかもお母さんが会ったなんていったら、信じるの?怖くないの?」

私の突拍子もない言葉に、彼は少し頭の中で整理をしているようだった。
そして答えが出たのか、私の真面目な声を吹き飛ばすような、やさしい笑顔を満面に浮かべた。

「伝説だろうとそうじゃなかろうと、母ちゃんを助けてくれたのは事実だ。人魚はいるって信じてるし、会ってお礼が言いたいと思う。
その人魚に会えなくても、そうやって人間の捕獲の手から逃げて生きた人魚がいたおかげで、母ちゃんも生きてる」

ああ、なぜだろう。
涙がこぼれてしまいそう。
今泣いてしまえば絶対怪しがるとわかっているのに。
彼が嘘をついていないとも限らないのに。私が人魚と知ったとたん、態度を翻すかもしれないのに。
ココアをのどに流し込んで、涙も一緒に飲み込んだ。

「そういえば、お前は?この辺りに住んでるのか?」

今更な質問に、私は頷く。嘘では、ない。

「ひとりで?」
「・・・ううん。家族もいるし、友達も一緒に住んでる」

ふうん、と相変わらずの淡白な返事をした。深く尋ねられないで済んでよかった。
私は立ち上がる。ココアのカップをお礼の言葉を添えて彼に返して、スカーフをつなぐ胸元の金の金具を解いた。

「いくのか?」
「うん。帰らないと、心配してる。きっと」

霧が少しずつ濃くなり、彼が本当にそこにいるのか、少しわからなくなった。
でも霧が私を守ってくれているのだとわかる。昔からこの湖は、人魚の味方でいてくれた。

「また、来るか?」

小さく尋ねられた。
私はやっと笑みを浮かべることができて、会いたいと思うなら、縁もあるんじゃない、と返した。
一筋の風が一瞬、吹いた。
私の願いを聞き届けてくれた風だ。湖の霧を吹き飛ばさない程度に、それは私のスカーフをさらう。
白い、すけるようなそれを宙へと舞い上げ、彼がそれを取るため振り返る。
森の木に引っ掛かっているのに彼が苦戦する間に、私は霧の中に足音を紛れさせ、井戸へと向かう。
足から水を割る。
うろこが私の足を守るように包み、二本だった足が寄り添うようにくっついて尾びれになる。
最後に見た、霧の中の頼りない彼の輪郭を思い出して、私はもうだめだ、と思った。
でもそこに絶望感はない。罪悪感すら感じなくなってしまった。
一瞬。
彼の言葉ひとつひとつが、私の世界をどんどん塗り替えていった。
そして、また会いたいと少しばかりの願いが混ざった、声。
一瞬で、私の世界は水の中から空気の広がる、彼のいるあの世界に変わってしまった。
尾びれが水をかく。彼はきっと、今頃スカーフを片手に途方にくれているだろう。
もしかしたら人魚だとわかってしまったかもしれない。
今この瞬間も、井戸の中を覗いて私の姿を探しているのかもしれない。
それでもいいと思った。私が人魚だろうと人間だろうと、たぶんどうでもいい話なのだろう。
私の正体がばれてしまったとしても、きっと私は自分から、またあの場所で彼に会うのだろう。
そう思うと、すでに『仮の姿』になってしまった、人魚の尾びれがぐずった。
心だけ空気の中に取り残されてしまった私は、次はいつ、陸に上がればいいのだろうかとばかり考えながら、深い深い水の中へと吸い込まれていく。



これもほんとは中編でやろうかな〜って思ってたブツ。
でも良く考えてみたらラストも考えてないしありきたりですかね?

明日は長野に行きます〜もういっこの実家。
法事に出ます。高校の制服最後ですかね。
スーツほんとはあるんですが、入学式でおろしたいので。

そういえば、中編で配布予定だったやつ、印刷しないで連載になるかもです〜
私、印刷してもしなくても、あんまり変わらないんですよね。しかもやるだけ大赤字になるので。
だったらまあ、そこまで思い入れのある内容でないし、連載でいいかな〜って。
あ、砂漠の長編は配布します。それはやります。いつか。

疲れた・・・

やっと移転のめどがたちました・・・それで倉庫に、作品をぶちこみました。
はっきり言って本館より小話の数多い・・・
もう当分移転したくない・・・(移転のたびに同じことを言う)
疲れたので、ルビを()表記に直したり、誤字直したりする力はなかったので、倉庫のものは勘弁してください。
もんのすごい昔に書いた話もいっぱいあって・・・これほんとに載せんの私。ってのもたくさん(っていうかほとんど)

そういえば午後の犬の散歩、弟の担当だったのにやらずに塾に行ったよあの子・・・押し付けか。

ぽんこつなさくらさんの頭も、ようやく勉強するようになって来ました。
英検とかやばいなあ・・・1ヶ月も勉強してなかったのでまずい。
ほんとは受験後も勉強するつもりだったのですが遊びほうけてしまった・・・
あとドイツ語・・・基本からもうパーだな。とりあえず中学のときのノートうつしてます。

感想〜
表紙だよ!!センターカラーだよ!!
来月50pだよ!!サービスしすぎだー!!!
サービスするならついでにうえきプラスアニメ化してくれ!!(どさくさ)
内容は、この間の短編をちょっと改定してプレイバックしたみたいな。
無印ではテンコちゃん、プラスではウールみたいな、マスコットキャラも登場してました〜
ガッちゃんはスマートなさわやか少年みたいに思っていましたが、変態?要素が加わってました(笑)
やっぱり福地先生は一筋縄じゃいかないのね・・・!!すてきだー!!
だんだん疲れと興奮で意味がわからなくなってきました。
来月の関西弁少女、ビジュアルも性格も多分すごくすきなのに(カコちゃんよりも森ちゃんに近い。と思う。)、カコちゃんのライバルっていうので涙・・・!
私基本、ヒーローヒロインはするっとくっついて欲しいんです。あんまり障害とかなく。
そんな障害がなかったらはっきり言って漫画として成り立たない部分はあるのですが(笑)
ガッちゃんは、根本は植木さんとおんなじだな〜と思いました。
性格は正反対かもですが、まあ困ってる人をほっとかないところから、「普通なんだけど普通とは違う何かを秘めている」ところとか。たぶん福地先生のヒーロー図はこれが基盤なんですね。
いちばん気になるのは、表紙の巫女さんみたいな格好の女の子です。彼女も卓球するんですかね。
とりあえず和っぽい子とか、お嬢様系とかすきです。
前にもお嬢様系は私の原点だ〜と言った記憶がありましたが、本当に私はオリジナルを書いてた中学時代は、ヒロイン皆金持ちでしたもん(笑)今もか。森ちゃん基本金持ち設定多いしね。
あれですかね、自分と違う性質に惹かれやすいっていう法則ですかね。

倉庫行き37.キミノスベテ(ルートB)

君が望むなら、君から全てを奪ってご覧に入れよう―――。

「ねえ」
「何だ?」
オレは横すら向かずに平静という偽のオブラートに包んだ返事を口にする。
オレの横で不信の色を見せる彼女―――森あいは首をかしげて、さらにオレに近づき顔を覗き込んできた。
青い空に、新緑を溶かしたような揺れる瞳が確実にオレの異変を捉えている。
嗚呼、止めてくれ。
オレの努力を無駄にしないでくれ。
そんな悲痛な懇願にも気がつかず、森は箒を持ち直して言った。
「掃除、しないの?」
「するけど」
ぶっきらぼうに返すのが精一杯。
彼女は再びオレの顔を見て、腑に落ちない表情をあらわにして肩を落とす。
「何か悩み事でもあんの?」
「ない」
嘘だ。ある。
「嘘でしょ。あんた、嘘つくとき私の顔見ないもん」
その通りです。
長年の付き合いの恐ろしさをオレは生まれて初めて痛感した。
それでもオレは隠し通さねばならなかった。
「ない」
森はため息をついた。
森は周囲の人を束縛しようなんて考えないから、言えないことならいいわ、とでも言うように軽く立ち上がり振り返る。
「じゃあ掃除しようよ」
「ちょっと待て」
オレはその細い手首を引いて、また彼女を元の位置におさめた。
不満そうにすとん、と座った彼女は箒をベンチに立てかけて憤慨の色を瞳に燃やし始める。
今度はぐんと身を乗り出して、オレの顔を目と鼻の先の位置で見つめて詰め寄った。
「もう、何なの?言いたいことがあるならはっきりいいなさいよ」
次第にオレは焦燥の念を抱き始める。
どうする?今日はやめておくか?
いや、でも―――。
「ほら、何とか言いなさいよ!」
森は痺れを切らしてオレの肩を引っつかみ、乱暴にも、ぐわんぐわんと揺らしはじめた。
全神経が脳に注がれている最中のオレは首がそれに合わせて揺れた。
世界がぐらぐらと揺れ、それの一片の隙間に見える彼女を見て顔を火照らせる。
どうしようか。
森は抵抗せずぼーっとしたオレを見て急に瞳に不安げな色を灯す。
「何なの?悪いものでも食べた?おじ様と喧嘩した?」
揺するのを止めた森は次にオレの生活について心配し始めた。
おろおろとオレを見たりきょろきょろしたり、そんなしぐさがたまらなく愛しく思え―――もちろん仲間としての意味も含まれた愛しさだけど―――それだけではない歯ごたえを感じて決意する。
よし。言おう。
「あのさ」
「何?私にできること?」
森はオレが相談事を始めたと思っているらしい。
多分今彼女の頭の中にあるのは、普段ボーっとしたオレが相談をしようなんてよっぽどのことだ、と心配する念だけであろう。
オレはなんとなく可笑しくて、うれしくて唇の端だけでふ、と笑った。
大丈夫だ、ちゃんと言える。
「いや、お前にしかできないことなんだけど―――」
森はきょとんとして首をかしげた。
オレは森の肩を優しくつかむ。
そして一呼吸置いて大きく口を開く。
「オ」
「よーっす、少年少女!今日も掃除か!?」
思わぬアクシデント発生。
オレは開けた口を、まるで力が抜けていくかのようにふっ、と閉じて、肩を落とす。
「・・・・・・コバセン」
「よう、植木に森!そーだ、お前怪我治ったか?通り魔に刺されたやつ」
恩師のコバセンがするめイカをくっちゃくっちゃ言わせながら片手を挙げていた。
いつもならこんなことは思わないけれど・・・オレはこの思いがけぬキャストに酷く落ち込む。
コバセンはくちゃ、とひと噛みしてからオレと森の顔を何度も何度も見比べて最後には森の肩に置かれたオレの手を凝視した。
気恥ずかしくなってぱっと手を下ろす。
「お?何だ、邪魔だったか?オレ」
「は?何言ってるのオッサン」
イライラしたように、そしてわけがわからない、と言うように森は吐き捨てて、ぷいっとそっぽを向いた。
何で機嫌が悪いのかは分からないけど。
コバセンはにやにやと嫌らしい笑いを見せていた。
「や〜、失敬失敬。さーどーぞ、少年少女。オレのことは気にせず存分に」
さあどうぞ、といわれても。
コバセンはのんきにするめを口に入れる。
オレは初めてコバセンを心から恨んだ。
絶対楽しんでいる。絶対。
森は眉間にしわを寄せてオレを見ていた。
視線がオレを射抜く。
言って見せなさいよ、何、何の話なの?
先ほどまでの穏やかな表情は消えている。
「あー、もう、くそっ!!」
オレは悪態をついて、立ち上がる。
そして森の手をつかんでコバセンも箒も置いて走り出す。
おー、若いって良いなぁとオレたちを見送るコバセンの声が耳に残る中、オレは意味もなく走った。
向かった先は。
――――――はっきり言ってよく考えればとんでもない場所。
「は!?ちょ・・・」
森は顔を真っ赤に染めてオレの手を振り払おうとした。
しかしオレは何も考えず無我夢中で飛び込む。
扉を乱暴に開けて森を先に押し込む。
がちゃり、と鍵の音を満足げに聞いてからオレは息をつく。
「な・・・な・・・なんで・・・」
森は怒りをあらわにして肩をふるふると震わせていた。
「何で男子トイレなんかに入るのよっっ!!!」
思い切り叫んでオレの頬をぱあんと叩いた。
誰もいない公衆トイレに、乾いた大きな音が響き渡る。
叩かれた場所からじんじんと痛みが広がる。
やんわりと、しかし激しく怒られたような妙な感覚になってオレは森を見た。
彼女は恥ずかしさと憤りで頬がりんごのように赤く染まっていた。
森は最低、と吐き捨てて扉を開けようとする。
しかしオレの、扉の前に立ち尽くした体に邪魔されて動けない。
よく考えれば。
オレは今の状況を冷静に検証してみる。
「近」
思わず声を上げると、森もそれに合わせるように顔を染める。
「あー、もう、とりあえず外に出して!!」
叫んでオレを押しのけようとするが、オレの手が制す。
「10秒」
「は?」
「10秒、待ってくれ」
「な、に」
1・・・。
オレはすかさず彼女の肩を引き寄せた。
とたんに彼女の体が縮こまる。
2・・・。
小さな吐息が肩に絡まった。
3・・・4・・・。
森が口を開いたのが分かった。
「・・・・・・。」
聞こえないほど些細で、かすかな空気の波動だったけれども、俺にはわかった。
彼女が何を言ったのか。
5・・・6・・・。
オレも腕に力を入れる。
あと4秒だ。ほんの、些細な時間。一瞬のできごと。
人生の中で何千分の一にも足らない、本当に小さな。
7・・・8・・・9・・・。
力んだ己の腕を射抜く、温かい、強い体温。
柔らかい、ふわふわとしている彼女の体から直接熱がオレに混ざり、熔けていく。
考えてみれば彼女にとっては最悪のシチュエーション。
だけど、彼女の小さな手がおそるおそる伸びていく。
背中に触れた瞬間。
オレの心の中で、10がカウントされた。
オレは腕を解いた。
「出るか」
「・・・うん」
「・・・悪かったな」
「うん」
オレは、自分の背が張り付いている扉の鍵を、はずす。
かちゃりと名残惜しそうに、小さな音が響いた。
「・・・・・・」
森は少しかあっと顔を染めてから、そこから逃げるように走り出す。
彼女が入り口まで走ったとき。
オレが、呼び止めた。
「なあ」
彼女は振り返らない。
「・・・何?」
「あのさ、さっき言おうとしてたことなんだけど」
オレは彼女の背中に言葉を投げる。
どうしても、伝えたかったこと。
「オレと・・・付き合ってください」
森の肩がぴくっと震えた。
そして、振り返りたい衝動を我慢するかのようにふるふると震えた。
「あのさ」
森が低い声で言った。
「うん」
「本気で言ってるの?」
その声には少なからず怒りが含まれていた。
特に怒らせることは言わなかったはず・・・オレは少し困惑しながら返す。
「ほ・・・本気だけど」
森は再び肩を震わせる。
そしてオレを置いて駆け出した。
オレも後を追う。
ぱしっ、と軽い音がして、細い手首がオレのごつごつした手の中におさまった。
「も、森・・・」
「ズルイ」
は、とオレは動きを止めた。
思いがけない非難の言葉に、何も返せない。
「ずるいよ・・・」
「な、何が?」
森は泣いていた。
面積の狭い背中が、震える。
「・・・・・・私は、あんたと、・・・つ、付き合ってると思ってたんだよ・・・この間から、ずっと」
この間、とは、多分病院でのことだろう。
確かに、オレはこいつにすきだと言って、こいつもオレがすきだと言った。
だけど。
「・・・まだ、ちゃんと付き合おうって言ってなかったし」
「だからずるいの」
オレを振り返る。
コバセンもいなくなって、ふたりだけの公園。
森はゆっくりと涙をこぼして、言った。
「ずっと、あんたと付き合ってると思ってた。手も繋いだ。キスもした。でも―――それは、私だけの、ただのうぬぼれだった?」
違う。
オレはかぶりを振って、彼女を引き寄せる。
抱きしめようかと思ったけれど、ちゃんと伝えたいことを伝えるまでは我慢だ。
そう自分に言い聞かせてオレは森の両手を両手で包み込む。
「・・・違う」
「・・・何がよ」
不満げに、不安げに森がオレを見た。
「オレが、うぬぼれてたんだ」
彼女がすきだ。
彼女もオレをすきだ。
そんな、貪欲な自分の立場におぼれて、甘い蜜の中にいるように、ただ彼女が自分に恋をしている事実だけを抱きしめていた。
彼女は、自分のものであると。
でも。
それだけじゃ駄目なんだ。
「ちゃんと、けじめをつけないと」
彼女の愛と言う、権利を貰った分の、義務を、責任を、果たさなければ。
彼女の幸せを優先できるように。考えてやれるように。
だから。
「オレと、付き合ってください」
言葉に、しなくてはならない。
気恥ずかしい台詞に、自分で赤くなる。
包み込んだ彼女の手に、熱が帯びた。
それは、彼女のものか。はたまた己のものか。
「・・・・・・はい」
彼女のか細い返事が耳にこだまする。
嗚呼、やっと、やっとだった。
やっと彼女を幸せにする義務も、権利ももらえた。
何も考えず、ただ彼女を想うことが許された。
「・・・とりあえず」
「うん・・・」
「掃除、するか」
彼女はそれを聞くと、拍子抜けしたような、ぽかんとした表情を見せた。
「何だ?」
「あ、えっと、あのさー・・・」
赤くなり、俯き加減で森は指先を弄ぶ。
「普通、なんかもっとこう・・・」
「こーいう、ことか?」
オレは尋ねつつ森の顔を指先で持ち上げて、かすれる程度の、軽い、キスともいえないような口付けを贈る。
しかしそれは森の顔を真っ赤に染め上げて、頭の中をオレでいっぱいにするのには十分だったらしい。
言葉にならない音をのどから発して、唇を手で覆い隠す。
「な・・・っにすんの馬鹿植木!!」
「だってお前がしろって」
「言ってないでしょ!!」
「目が言ってた」
オレははは、と笑うとベンチに立てかけてあった箒を持ち上げる。
「ほら、さっさと終わらせてお前ん家行くぞ」
「ふんッ、デリカシーってもんがないのあんたは!!」
すっかり元通りにがみがみと怒り出す森に、オレは笑いかけた。
先ほどまでとは微妙に違う何かが、オレに笑みをこぼさせる。
森は箒を動かしながら散々起こった後穏やかに笑って、ゴミを捨てに行く。
空は快晴。
心も晴れ晴れ。
一歩踏み出したオレたちは、共有した指先の温度を絡めて、森の家へと歩いていった。
 
今度は10秒なんていわない。
遠慮なんてしてやらない。
君から、全ての時間を、想いを、ぬくもりを。
一生分の口付けを。
お望みとあらば、奪ってご覧に入れよう―――。

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