まだ蒸し暑い時間帯
学校から自転車で10分程こいだ所だろうか

「はぁはぁ。」

「オイ!!こっちのがはえぇぞ!」


息を切らしながら走っていたギンジとフウガは病院まであと少しのところまで来ていた。

「なんでお前がついてくるんだよ!」

フウガは道を指図された所でギンジの存在にやっと気付いた。

「いまさらかよ!てか、いいじゃねーかよ!俺だってクラスメートなんだし!」

ギンジも汗だくで自転車をこいでいる

「クラスメートって言っても俺達そんなに仲良くしてねーだろ!
後が面倒だから付いてくるなよ!」

赤信号で止まったところでフウガはしっかりとした口調で叫ぶ


「面倒って…!別にお前に迷惑かけた覚えはねーけど!?
俺はな!お前らと話がしてみてーだけなんだよ!」


ギンジも負けじと叫ぶ
その時、赤信号から青信号へと変わりギンジは先に自転車を進ませる
フウガも一瞬遅れて自転車をこぎ始める。


「お前、結局何が言いたいんだよ!」

フウガは朝からギンジに振り回されっぱなしで少しずつ苛々を募らせていた。


「さっき言った通りだっての。
お前らと話がしたいって!それだけだ。」


さらにギンジはペースを上げ
自転車のギアを2から3へと持ち上げる。


「なんで俺達なんだよ!?」


フウガがそう言うとギンジはいきなりブレーキをかける
キキィと高音をかき鳴らすタイヤから少しだけしっかりとした振動が伝わってくる。


「お前らが遊戯王やってるからだ!!」

「は?!」

自転車を止めてまで言ったギンジの台詞にフウガは思わず言葉を失う。

「俺も遊戯王をやってみたかったんだよ…。」

ギンジはいかつい見かけからは考えられない台詞を恥ずかしそうに話していく


「昔周りでやってたって言ったろ?でも俺ん家貧乏だし、こずかいも無かったから金のかかる遊びとか出来なかったんだ。今になって始めるのもどうかと思ったけど…偶然入ったカードショップで
お前らが楽しそうにしてるの見てたらなんかわかんねーけど、俺も何かウズウズして。
もう自分のやりたいこと我慢なんかしたくねぇんだよ!!」


ギンジの本音にフウガはほんの少し共感した
やりたいことをやれないことは沢山あって
今さらだって諦めてたこともフウガには幾つもあって…
好きな物を好きだって言えなかったら何をしてもつまらないんだって気持ち
誰でも同じなんだなって
そんなギンジの言葉にフウガは少しだけ笑った

「それにしたってそれ今言うことかよ?ギンジ…お前馬鹿だろ?」

「フウガに言われる筋合いなんかねーよ!!馬鹿やろー」


二人の間に少しだけ風が吹く
じめじめとした天候だったけど
不思議と嫌な感じはしなかった。


―――

病院につき、二人がナースセンターでカケルの状態を確認するとき
フウガは一瞬戸惑った。

よく考えてみればフウガはカケルの名字を知らなかった。
話すようになった時からお互いに名前を呼びあっていたからだろうことにフウガは今更になって気づくとその様子に気付いたギンジが隣からナースに話しをする。

「すいません!先ほど連絡をもらったのですが朝事故で運ばれた浅沼"アサヌマ"翔の容態はわかりますか!?」

「浅沼さんですか?少々お待ち下さい。」


ギンジの言葉にフウガは一瞬でカケルの名字を知ることになった。
「カケルって浅沼っていうのか…」
フウガはぼそっと呟くように言う。

カードをすることに名前や年齢は関係ない。
実際カードショップでデュエルを申し込まれるときも名前や年齢を話す人はそうはいなかった。
しかし、フウガはこの時程恥ずかしかったことはなかった
ギンジがカケルのことをフルネームで呼んだことに驚いたが
これだけの間一緒にいてフウガはカケルのことを何も知らないことに気づいたからだ。

「お前ら仲良いくせに名前も知らなかったのかよ!」

ギンジはそう言って笑った。

「まぁある意味友達なんてそんなもんだぜ?
名前が言えても漢字までは書けねーしな!」


そんなギンジのフォローがフウガの胸にまた突き刺さる。

と、話しているとナースが話しに割って入ってきた。

「浅沼翔さんなら手術が終わって今は病室で寝ていらっしゃいます。少しなら面会も大丈夫ですよ。」

ナースの言葉にほっと一息つく。
フウガとカケルは二人して安堵の表情を浮かべた。

「ぬぁぁあ…良かったぁ。」

ギンジはそう言うと待合室のソファーに腰かける。

「俺は疲れたからちょっと休んでから行く
フウガ先に行っててくれよ…。」

ギンジは精根尽き果てた様子でぐったりしている。
フウガはギンジにお礼を言うとカケルの病室へと向かった。


カケルの病室は3階の大部屋だった。
四人入れる病室に今は住人が一人居るだけでカケルの個室状態になっている。

フウガは部屋の中に入ると4つあるベッドの中に一つカーテンの閉められた所に向かう


"浅沼翔"ベッド脇のプレートに漢字で書いてある文字を見てフウガは初めてカケルの名前の漢字を知った。


「起きてる?」

フウガはカーテン越しに話しかける

「フウガか?入れよ?」

どうやらカケルは目を覚ましていたようでフウガを中に呼ぶ。
その声のトーンはいつもの調子でフウガはようやく心から安心した。



「起きてて大丈夫なのか?」

カーテンから中に入るとカケルは右腕と左足に包帯を巻き付けその両方は互いに固定されていた。
薄い緑の服をきたカケルの姿はまさに怪我人だったが表情は明るくフウガにとっていつものカケルだった。

「大丈夫ではねぇけど…ま、ご覧の通りってやつ?」

そう言って笑ったカケルは左手で怪我をした右腕をさする。

「無理すんなよ。とにかく無事で良かった…。意識ないとか連絡来たからヤバイかもって思ったぞ」

フウガは言うとベッド脇にあった小さな椅子に腰かけた。


「大袈裟だな。
簡単に死んでたまるかっての!
まだ新しいデッキでデュエルしてねぇだろ?」


カケルはそんな風に言ってくれたがそれがフウガを安心させる為なのだとフウガにはよくわかった。


「カケルって浅沼って名字だったんだな…。」

フウガに言われるとカケルはベッド脇のプレートを見る

「ん?あぁ。」

カケルはそれがなんだと言いたそうな顔をするが
うつむくフウガを見てカケルは言いたいことを理解したように話しだす。


「名字知らなかったか?
別にそんなこと普通だぜ?俺だってフウガの名字なんか知らねーし。俺が知ってるのはフウガは遊戯王が好きで俺のダチってことくらいだ。」


カケルはそう言って心配そうにフウガの顔を見つめる。


「俺…何も知らなかった。
カケルのこと。何かわかんないうちに一緒にいて
ただ何となく楽しくって、それだけで一緒にいた…。
意識しなくても一緒にいるのが何となく当たり前に感じてた
でもカケルが事故ったって聞いて俺、不安になった。
もっと沢山デュエルしたいだけじゃなくて、色んな話しをしたいと思った。色んな遊びも一緒にしたいと思った…。
そしたら友達らしいこと何もしてなかったんだって気づいたんだ。」


フウガは恐れていた
シズルを誘った時もきっかけは自分だった
そのせいでフウガはシズルを傷つけて、結果として全てを失ったことを気にしていた。
だからカケルともデュエルをするだけの仲に無意識に留めていた。

「寝不足で事故ったのは事実かもな」


「……っ!」


「でもな、俺はそれを人のせいにはしないぞ?」


カケルは窓から外をぼーっと見つめて話しだした。


「俺だってもっとデュエルしたいし話したり、遊んだり…
それは俺だって一緒だし。
それにフウガが遊戯王に誘ってくれたから俺達はこうやって友達になれた訳だろ?
友達になる理由が何だって構わないとは思う
でも、フウガとは遊戯王が理由で友達になれた。
それだけで始めて良かったって思ってるよ。だからそんな風に言うなよ?」


言うとカケルはゆっくりとベッドに横になる。


「……。」


「あぁもう!辛気くせー顔すんなよ!!」

カケルが言うと後ろから人が入ってくる。

「よっ!何だ?カケル元気そうじゃねーか?」

空気を読まずにギンジが病室に入ってきた。
暗かった雰囲気が一気に明るくなる。

「元気で悪かったな!
なんでギンジがここにいんだよ?」


カケルは少し面倒そうに話す。


「お前らと話す為だよ?
つか今日それ何回言えばいいんだ!」

「ぷっ…」


ギンジの言葉にフウガは思わず吹き出す。
カケルは意味がわからないと言ったように首を傾げていたが
まぁいいかと体を寝かせる。

「ギンジも遊戯王始めたいんだってさ」


ギンジの存在の不信感に口を尖らせていたカケルにフウガが一言

「ぷっ…」


「笑うなよ!俺だって今更だとは思うけどよ…
お前らが楽しそうにやってるの見てたら我慢するのも馬鹿っぽく感じただけだっての!」


ははーんとカケルが首を縦に降る明らかに面白がっている顔つきだ。


「俺、お前らが好きな物を好きだって…周りなんか関係ないって感じで羨ましかった。
だから、俺も一緒に遊戯王始めたい。俺にも遊戯王教えて欲しい。」


急にギンジは真剣な顔つきになって言い放つ。


「ギンジ…。」


最初のきっかけなんか大したことなかった。
フウガもカケルも遊戯王を始めたきっかけは友達とただ楽しくデュエルがしたかっただけだったから。
ギンジはそれを二人に口に出した。
フウガもカケルもギンジの言葉に嘘はないだろうと思えた。


「じゃあさ
デュエルしよーぜ?」


カケルは少し笑ってからおもむろに言った。

「その為に来たんだろ?
俺のカバンにデッキが入ってるからそれ使えよ
どうせ俺腕使えねーし
ギンジ代わりにやってくれよ」


「おぉ!」

カケルの提案でギンジは嬉しそうに笑った。


「フウガも!デッキ持ってんだろ?相手してくれるよな?」


カケルはフウガに笑いかける。

「新しいデッキの威力!!思い知らせてやるぜ?」

「…っ!」

フウガは思わず泣きそうになった。だがその言葉に思いに応えるべきだと感じとった。


「弱いカードで組んだやつなっ」

フウガは笑って言った。

「うるせー!自分の好きなカードで組んだデッキなら満足なんだよ!」


カケルはそういうやいなや
食事用のテーブルを広げ簡易のデュエルスペースを作る。
それからフウガとギンジはお互いにデッキをシャッフルすると互いに挨拶を交わす。


「ギンジ…。お前名字は何て言うんだ?」

フウガは思わず尋ねた

「そんなのデュエルすんのに関係ねぇだろ?
終わったら教えるって!話しはそれからだ!」

遊戯王とはそういうものなのかもしれない。

「それもそうだな…。ははっ」


二人のやりとりを見てカケルはにっこりと微笑んだ。

楽しくやって気付いたら友達になってる

「準備はいいか?じゃあ行くぜ?」

俺達はそれでいいのかもしれない。


"行くぜ!!デュエル!!!!"




続く