帰り道。
仲間全員で、ゲラゲラ笑いながら歩いていたら。
歩道も車道もないような道とはいえ、まがりなりにも車道のど真ん中に。
でんと、仁王立ちした男が一人。
見たことない制服だわ。
「いの!」
穏やかならぬ声に、あぁと皆合点がいった。
あのいのを浮気相手なんぞに扱った、身の程知らずな大馬鹿野郎か。
ナルト命名。
いのに隠れてこっそり話をする時、私達はヤツをそう呼んでいた。
当のいのはというと、私達の後方で。
キバと、相変わらず遠慮のない会話を繰り広げていた。
「で、カカシ先生ったらさー、サクラに…って、どーしたのよ?こんなとこに立ち止まったりしてぇ」
キバもきょとんとした顔で、こちらを見ている。
「いの、ごめん!俺、いのがいないと生きてけないんだ。戻ってきてくれ!」
いののお眼鏡に適っただけあって、顔もセンスもイケてるんだけど。
「あんな情けねぇヤツ、いのの相手なんて無理だってばよ…」
ボソリと、呟かれたナルトの一言に。
あのヒナタでさえも、小さく頷いた。
「ちょっと、アンタとはもうサヨナラしたはずでしょー!?別れる時、言ったじゃない。生まれ変わったってアンタとやり直すなんて御免だわって!!」
そこまで言ったのかよと、小さく隣のキバが。
「それくらい見損なったって、言いたかったのよ。なのに、アンタ馬鹿?」
「いの、二人で話がしたいんだ」
「嫌よー。あたしは話なんてないし、聞く耳もない!」
颯爽と歩き出そうとしたいのは、隣のキバに行くわよーといつもの調子で声をかける。
「俺、アイツとは別れたんだ!!」
いのが横を通り過ぎようとする前に、大馬鹿野郎はいのの右腕を掴んだ。
「あ、そ。ご愁傷様〜」
冷たい目で振り払おうとしたいのに、大馬鹿野郎はさらにいのの左腕まで掴んだ。
「今度はいのだけだから。だから、なぁいの…」
誰もが絶句。
月9さながらの恋愛ドラマに、私達は呆然。
キバの顔は私からは見えないけど、ほぼ同じだろう。
一方、いのは…
「…あっきれた。アンタ、本当に馬鹿なのね」
秋の夕暮れは、暖かい橙色を湛えているのに。
どこか冷たい。
その夕焼けが、キバといのと。
大馬鹿野郎に射し込んだ。
――あ、いの綺麗。
「もしあたしが、アンタのこと好きで好きでどうしようもなかったら。奪ってでも、アンタの腕放さなかった」
掴まれたいのの腕は、だらんとぶら下がったままで。
キバが、そんないのの腕に視線をやった。
キバの横顔が見えて。
キバも真面目な顔出来るんじゃないと、ぼんやり思った。
「自分のエゴの為に嘘吐きまっくて、悲しませて泣かせて。彼女泣いてるわよ、アンタが思うよりずっと。あたしだって………そんな人間が、幸せになれるわけないじゃない。それに、あたしは簡単に浮気しちゃうような男、いらない」
馬鹿にしないでよって、いのらしい。
でも、
罵るように言うと思っていたのに、いのは。
諭すように、静かに言った。
いのだって、好きだったんだね。
人間は死ぬ為に生きている、矛盾した生き物。
今日が終われば、明日があるわけだけど。
一歩ずつ、確実に、死に向かっている。
人生とは、とても限られた時間の固有名前なのだ。
だから”付き合う”って、とても特別なことだよね。
今この瞬間も亡くしていくばかりの時間を、特別その人の為に捧げて使うことだもの。
終わりが終わりだっただけに、いのはあんなこと言ってたけど。
でも、いのだもの。
ちゃんと好きだと思ったから。
時間を賭けても惜しくないと思えるほど、想ってたはずだよね。
「誰も傷つけない幸せなんてないけど。でもね、覚えときなさい」
元彼は、夕焼け色に染まったいのの顔をどんな想いで見つめているんだろうか。
そして、キバも…
「大きな嘘を吐いたヤツは償いと同時に、過去全部疑われる。たとえその時は紛れもなく真実だったとしても、信じられなくなる、一つ嘘吐かれただけで。嘘は、未来の信用と過去の信頼を失くすの」
元彼は、ずっと掴んでいたいのの両腕を放して。
小さくごめんと、言った。
そして、
「もう…信じてもらえないけど、でも、俺、好き、だったんだ」
いのも、うんと小さく答えた。
じゃあと、遠ざかる元彼の背中を。
いのは、瞬きもせずに見送っていた。
泣かないように、
キバがそんないのの手を、手繰り寄せてぎゅっと握って。
そっと、私達から隠した。
(黙っていても通じる心)