「結婚してたんだってな」
ついこの間、耳にして耳を疑った世間話を一つ。
待機室のソファに二人、隣のサクラは言ってなかったっけと一言。
「一言も」
「ごめん、ごめん」
寒いわねもう春が来るのにとサクラは、手近なクッションを抱えた。
「言いにくかったとかじゃなくてね、ついうっかり忘れちゃって」
それに、嘘はないと思うが。
サクラのことだから、俺が今の木ノ葉に落ち着けてからとでも気を遣ったんだろう。
「驚いた?」
サクラは少しも悪びれずに、むしろ好奇心満載に訊いてきた。
「少しな」
「嘘」
驚いたから私に確かめたんでしょと、昔ならこんなやり取りはなかった。
「どれくらい経つんだ?」
「もう半年。でもね、そこに至るまでに五年がかりだったから、もっと一緒な気がしてる」
五年。
俺が里抜けしていた間からか。
「長いな」
「こうやって数字にするとね」
ふふふと優しく微笑むサクラは、俺の知ってるサクラなようでそうじゃない気もした。
「サスケくんは?」
「ん?」
「結婚とか、恋人とか」
「いると思うか?」
「だって、格好良いものサスケくん」
「シカマルが泣くぞ」
「泣かないわ。泣くなら、一度でいいから拝んでみたいくらいよ」
で、返事はとサクラ。
「いない」
「そっか」
ナルトやキバに毎日引きずり回されてれば、そんな暇ないよね。
サイもだと言えば、サクラは堪えきれず大笑いした。
「一体どうなってるんだ、あいつらは…」
「嬉しいんじゃない、サスケくんが戻ってきて」
限度ってもんがある。
そして、最近の傾向はもっぱら俺の家に来て騒いで眠って任務へ出ていくという流れ。
もう二度と姿をくらますつもりなんてないのに、一夜たりとも一人静かに過ごさせてくれない。
「夕飯を調達するようになったのは、進歩だけどな…」
「まさか、毎日泊まりに来てるの?」
「そのまさかだ。毎日代わる代わる、勘弁してくれ…」
あぁ。
今日も家に帰れば、一息つく間もなく誰かがただいまとふざけたことを抜かしやがるんだろう。
「俺の家なのに、俺の安らぐ場所じゃないなんてな…」
「ね、サスケくん」
頭を抱えていたら、サクラがねぇねぇと。
「今夜は、ウチにおいでよ」
「……………は?」
たっぷり十秒、脳内でサクラの言葉が噛み砕かれるまでかかった。
「ウチなら静かだし、狭いけど布団もちゃんとあるし、シカマルも何も言わないから」
ほらほら帰ろうと、サクラは俺の右腕を掴む。
「帰ろうって、おい」
それに何も言わないからなんて、憶測にすぎないだろ。
俺だったらごめんだ。
なのに、サクラの手を振りほどけない自分が情けない。
「サスケくん」
急に廊下で立ち止まるから、気が変わってくれたのかと思った。
思ったが。
「私はサスケくんの恋人にはなれなかったし、なれないけど」
家族にはなれるよ。
「矛盾してるぞ」
恋人になれなきゃ、その先の家族もないはずだ。
「サスケくんの、安らげる場所ってこと」
期間限定サスケくんに恋人が出来るまでと、人差し指をビシリとサクラ。
「私もシカマルも、いつでも大歓迎だから。私も夕飯腕を奮うからって誘うし、シカマルも飲みに誘うよ」
その時は、お帰りって言うから。
「ただいまって言ってね」
すっかり大人びた笑顔の向こうに、どでかい酒瓶を振ってこちらに笑いかけるシカマルが見えた。
(あなたの微笑み)