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『7.マスタング@』


世界中にこの喜びを叫びたいくらいだ。


【季節は巡って、学園祭】


臨海学校から数ヶ月、あっという間に季節は秋になり学園祭というイベントが我が校にもやってきた。
あれからエドワードとは不自然に距離を置いてしまって、彼に触れられずにいる。
少し焦らしすぎてしまったようだ。
特にエドワードからもアクションはなく、ただ月日だけが過ぎてしまっていた。


嫌われてはいないんだ。キスもした。
好意も持ってくれているはず。
ただ振った立場として彼から何かする、というのが難しいのだろう。


ならば、こちらが動くのみ―――


ぼんやりと廊下を歩きながらそんなことを考えてみた。
学園祭当日、人混みの中エドワードを探してみるがどうやらクラスで行っている催し物を手伝っているらしい。

中学生の学園祭など大学と比べたらまあ、可愛いレベルで、一応次の授業の時に感想を言わなくてはならないだろうから、ぶらぶらと校内を見てまわることにしてみた…
のは良いのだが、正直あまり視界に入ってこない。
教職員として一人の生徒にばかり執着してしまうのはよろしくないことだが、もうここまできてしまっては仕方がないのだ。
(エドワードが魅力的なのだから、ということにしておこう)

ざっと見終わって(殆どが生徒の展示品だ)三年の教室まで上がってきたところで、エドワードのクラス以外を適当にふらつく。

お楽しみは後にしよう。

やはり三年生になると少し面白い。
射的や輪投げ、ちょっとしたお祭りだ。

見るものも終わって、なんとなく暇で、なんとなくエドワードのクラスへと向かう。(という設定)
そう、偶然を装って。


「あ、マスタング先生ぇ〜うちのクラス寄っていきませんかぁー?」

エドワードのクラスの前を通り掛かったところで、案内役の女生徒に話かけられる。
少し、トーンが高めなのが気になるが。
可愛くみせたい類いのそれ。
多分声で客引きに選ばれたのだろう。そんな余計な詮索をしてしまった。多分エドワードと同じクラスなことに少なからず嫉妬をしているな私は。

「一人で入るのかい?私が」

看板と飾り付けをみるかぎりではどうやらお化け屋敷らしい。

「なんかぁ、エドワード君が先生ぇ見掛けたら誘っといてって言ってたんですー」

最後に「一人でくるようにって、」と彼女は呟いた。

「ほう、挑戦的だな。行ってやらんこともない」
「本当ですかーあ、じゃあこれ」

はい、っと紙を渡される。
無事にゴールに行けたらスタンプが貰えるゲームのようだ。
教室の催し物だし、途中退場も出来ないだろうに……

「他のクラスのスタンプも集めると〜生徒会から何か貰えるらしいですよ」
「成る程」
「本当は100円なんですけど、特別に無料にしておきますねっ。それでは、いってらっしゃーい」
「ありがとう」

入口、と書かれた普段は何もない扉に暗幕カーテンが取り付けられていて、そこを潜ると真っ暗だった。
教室だし、距離なんてないようなものだが、こう暗いとなかなか前に進まない。
教室全体が暗幕で包まれ、道は机を並べて作られているようだ。

行き止まりの井戸から、知ってる顔が懐中電灯を顎から当てて出て来る姿に笑ってしまう。
来た道を戻れば後ろから脅かされる。
先生驚いてよーっ!と生徒に大ブーイングだ。

「なかなか面白いな、…と、」

まもなくゴール手前、細い一本道で足首を思いっきり捕まれた。
これは転ぶだろう危ないな、と思う程に(実際少しよろけた)

「…………」

ここまでする奴は一人しかいない。
通り過ぎても良かったが、こう暗闇では悪戯心のほうが顔を出してくるのは当たり前。

「……やはり、エドワード」
「なっ!の、覗くなよ!」

しゃがんで机に掛かっていた布をめくると、器用にスペースに入り込んでいる彼がいた。
ライトには布を被せてあり、ほんのりと彼の手元を照らしている。
これで私が来たと判別したのだろうか?
明かりにはまったく気が付かなかったのだが……

「ご指名ありがとうございます」
「…呼んでねぇ」

どうせ私を驚かして笑ってやろうという計画だったのだろう。
うまくいかなくて「面白くない」という顔をしている。

「入口の子に聞いたよ?エドワードが私に会いたいと言っていたって」
「い、言ってねーよ!」

周りにばれない様ひそひそ話していた声はあまりの羞恥に大きくなってしまったようだ。
しー、とエドワードの唇に人差し指を当てると紅くなって(暗いので予想)途端に黙ってしまう。

「よく私だと分かったな」
「……足音」
「ふーん」
「……なんだよ、早くゴール行けば?」
「久しぶりなのに?つれないなぁ」
「用があるなら後でも……っておい!」
「しー、静かに。あんまり騒ぐと……塞ぐよ」
「…っ!なんで入ってくるんだよ」
「こら、狭いんだから暴れるな」
「なんで、」

突然エドワードの声が止まった。
狭い机の下で見下ろされる様に密着しているのだから無理もない。
今の状態は、私がエドワードの顔横に手を付いて体を支え、その間に彼はすっぽりと収まっているのだ(そこにムードよろしく、ほんのりとライトが二人の間を照らしている)
当然押し倒している様な体勢なので、慣れていないエドワードは体を硬直させたまま、目を泳がせ視線を合わせてこようとしない。

(面白いなぁ)

「…キスでもされると思ったか?」
「……あんた、ずるい」
「狡い?何故?」
「オレが…どんな気持ちか、知ってるくせに…」

意外な言葉に返せなくなってしまった。
いつの間にか彼の心の隙間に私は入り込んでいたのか。
あの海での出来事から様子がおかしいとは思っていたが……

「君は…本当に可愛いな…」
「な、ななな何を」
「ああ、腕が疲れてきてね…我慢してくれ」

嬉しさのあまり抱きしめたくなったが、まだ我慢しよう。
少しだけ彼に体重をかけて、肘で体を支え密着する。伝わる温度に一瞬だけ震えたのも見逃さずに。

「寝ているエドワードも可愛いかったけれど、ね」
「寝てるって……やっぱりあん時なんかしただろ!」
「人工呼吸は人助けだ」
「変態っ」
「…酷いなぁ」
「なっ!だいたい先生が」
「シッ」
「む、ぐ」

遠くからコツコツと複数の足音。
エドワードの口許を右手で塞ぐと彼も存在に気付いたらしく、手探りでライトを寄せると、パチンと消した。
真っ暗になって余計エドワードの表情が分からない。

「怖ぁぁぁい」
「大丈夫だよ、もうゴールだって」
「真っ暗で何も見えない〜」

生徒らしき声がきゃっきゃっと近くを通過していく。
声はだんだん遠ざかり、再び静寂になったところで静かに口許から手を離すと、そのままゆっくり心臓へと右手を降ろして触れる。

「……緊張してる」
「あ…当たり前、だ」

吐息混じりの声が耳に絡み付く。
ここで色々としてやりたいなどと悪い妄想がいくつも浮かぶが、泣かれても困る。嫌われても。
でも真実も知りたい。
もう待つのも限界になりそうだ。

『7.マスタングA』


「…キスしたい、今、凄く」
「は?何言って」
「いつになったら素直になってくれるのかね」
「、知るかよ」
「好きだ」

耳に唇を寄せて囁く。少しだけ息を乗せて。性格悪いのは承知の上で、だ。

「…し…知ってるよ」
「君は?」
「…う…」
「エドワード」
「……っ」

もうキスまでした仲なのだから、付き合うまであと一押しといったところ。
不自然だと分かっていながらも、距離を置いて考える時間を与えたつもりだった。キスをしたのにそれから私が何もしてこなければ、恋愛経験の薄いエドワードなら今までのことが気になって仕方なかったはず。

「言葉を変えよう、私が嫌いか?」
「……嫌いじゃ、ない」
「今こうしているのは?嫌?」
「……別に…ただ誰か来たら…その……」
「私は君と付き合いたい」
「…、…オレは……まだ…その、心の準備が……」

エドワードの心臓はこれ以上早くなったら死んでしまうのではないかというくらい最加速していく。
あまり虐めても可哀相かな、と少し落ち着こうと思ったが彼が煽ってくるから止められない。

「あの海の日から、私は君に触れたくて仕方なかった。でも我慢していたんだ。」
「、…なんで…」
「壊してしまいそうだからだよ」
「ん、……っ」
「……スタンプ」
「は?…っ…、ふ……」

軽く触れるつもりだったが、腕が痺れていたせいで(という理由にしよう)
思っていたより体重をかけて深いキスをしてしまった。
何ヶ月か振りに触れた彼の唇が、ぐるぐると黒い塊が回っていた脳内をクリアにしていく。

「せ、んせ……」

切なく呼ぶ濡れた声も、袖を力なく握る指先も愛おしくて仕方ない。
緩く開いた隙間に無理矢理舌を捩込んで、彼の舌を探す様に中をゆっくりと舐め上げる。
暗闇に濡れた音が僅かにするだけでこんなにも卑猥で、指先に熱が灯っていく。

「……は、」

僅かに離して上唇を舐めた。きっと臨海学校の日のことを思い出しているはずだから。
心臓の音を楽しんでいた右手をエドワードの髪へと移動して優しく撫でる。さらさら落ちる感触を右手は新しく見つけて楽しんでいるみたいに。
エドワードはやっと呼吸が出来たのか、薄い胸板と合わせ肩が小さく上下していた。

「もう…付き合う、付き合わない関係ない。エドワードが逃げないなら…私は好きなことをする。」
「な、んだそれ…」
「……いいね?」
「…………」

このまま彼の気持ちを開かせていけばいい。
そう思ってもう一度、同じ様にキスをすると、背中に軽く何かが触れた。
私の胸を押し返していたエドワードの右手だとすぐに気付くが、言ってしまったらこの子のことだから引っ込めてしまうだろう。
だんだん扱い方に慣れてきた。
こういう場合はそのままにした方が良いのだ。

気を許してくれたのだろうか
それとも、答えられない代わりの返事のつもりか

良い様に解釈することにしてしまえば体は正直だ。調子に乗って、唇は首筋を辿り跡を残し、足へと集中させれば先程から彼のものが膝辺りに触れていたのをいいことに少しだけ揺らしてみる。

「…っ!う……っあ」

ぎゅっと背中の手が丸まったのが面白くてキスをしたまま、わざとゆっくりと、煽る様に繰り返した。その度に震える手が背中を揺らす。

「……や、め…っ…せ、んせ」

突然バッと顔が横に背け、ゆるく首筋を舐めていた唇を耳へと寄せる。

「どうして?」
「場所…っ…ここどこだか考えろよ」

声を抑えたエドワードが可愛くて更に悪戯したくなる、が

「…すまない、そうだよな」

ここは学校だ。
暗闇でつい忘れていたが、更に言えば学園祭真っ最中だ。

「……大丈夫か?」
「大丈夫だよ…ばかにすんな…」

足をずらせば僅かに震える体を今日初めて抱きしめた。

「一回落ち着こう、な」
「、あんた、ばかだ…」

くぐもった声が胸に溶ける。苦しい、と小さく聞こえて呼吸が出来る隙間を作った。

「もうしないから、悪かった」
「…………」

余程緊張していたのか、深呼吸をして乱れた呼吸を整えるエドワードの髪を撫でて、よしよしと繰り返す。

「気持ちを乱すことをしてしまったね」

先程言っていた「オレが…どんな気持ちか、知ってるくせに…」という言葉が耳に残る。
好きだけど素直になれない、多分そんなところだろう。
踏み出せないのならこちらからいこうと急ぎすぎてしまった。

「本当は…付き合うとか、好きだとか言わなくても良いんだ、ただ」
「ただ……なに?」

少し落ち着いたのか、やっとゆっくりだが声が返ってくる。
撫でる指先はそのままであやすように背中を優しく叩く。
怖い思いはさせない様に

「…応えて欲しい、少しでも気持ちがあるのなら」
「……あんたさ、」
「…うん?」
「ほんとバカだろ」

それまで撫でていた両手を払われて、行き場をなくしていたところを捕まれる。

「なめんなよ、オレからキスだってしたんだからな」
「、え」
「好きだよ、でももっと理解してからが良いかなとか付き合うことの戸惑いとか男だし先生だしそういうの考えてたら色々あっただけで……」

早口で勢いをつけて、好きだと言ったことを誤魔化そうとべらべらとよく喋る…かと思えば今度は頭を両手で挟まれた。この子、意外とやること無茶苦茶だ…

「あんたばっか有利にさせねぇからな」
「…っと、」

ぐいっと引っ張られて重力に従えば当たるのは彼の唇だ。
弱々しいんだか、男らしいんだか
…迫られると弱いのか

「……は、ざまみろ」

ぺろっと自分の唇を舐める仕草が可愛くて笑ってしまう。こんなキスも、されたことがない。

「負けたよ、君には」
「なっ、笑うとこじゃねぇぞ」

声を殺して笑うのはかなり苦しい。


好きだ、とても


「ありがとう、気持ちが分かって良かったよ」
「……あ、そ。で、いつ帰んの?ここから」

恥ずかしさのあまりここから逃げ出したいのか、少しそわそわしながら距離をとる。
こういう仕草が可愛いのだとまだ気付かないのだろう。

「あーー…忘れてた」
「おい、職権乱用」

理由付けて何かしないとな、と考えたところで彼のポケットがタイミング良くチカチカ光る。有無を言わさず手を突っ込んで携帯電話を取り上げた。

「なにすんだよ」
「携帯電話は授業中電源を切る、というのが校則だろう」
「返せよ」
「…どうしようかな…条件出そうかな」
「条件?」
「私は君のアドレスを知らない」

目の前に携帯をぶら下げてにやりと笑う。別に条件を出さなくても教えてくれるだろうが、こういう駆け引きも悪くない。
メール着信のお知らせがチカチカとエドワードの輪郭を淡く彩る。

「生憎、今持っていないからね…職員室で待っているよ…」
「……は?」
「終わったらおいで」

胸ポケットに閉まって、黒い布をめくると、外に出た。やっと体を自由に伸ばせて背中が変な感じだ。

「ちょっと、せんせー」
「また、後で」
「あ、」

ひそひそと話すエドワードの目の前に持ち上げていた布を落とす。
主導権は渡さない。
エドワードが私とのことを考えて上に立とうと躍起になっているところを見るのも面白いが…

簡単にことが上手くいくと思うなよ、相手はこの私なのだから―――

簡単に出口まで行くと、先程の生徒がまだ入口で立っていた。

「あれ?先生出て来るの遅くないですか?」
「ああ、面白くてね、生徒と一緒に驚かす役をやっていたんだ」
「へー…あ、スタンプ貰いました?」
「スタンプ…あ」

すっかり忘れてた。

「貰わなかったんですか?」
「いや、貰ったし、付けといた」
「?ふぅーん」

そうだ、制服脱いだら目立つだろうなぁ…言うのをすっかり忘れてしまった。
あぁ、でも職員室に来た時にでも注意してやろう。

この先どうしようかな、と来る時とは違う悩みがまた脳内を回るが…
足は軽い。心も穏やかだ。


あの時触れた熱は、嘘じゃない

『6.エドワード@』

何?コレ?目が開かないんですけど。超絶に眩しいよ?
こっちは毎日山のような課題プラスあのマスタングとの攻防で睡眠不足だってのに。

窓を開けたら――青い空!青い海!青い春!いやいやいや…そうじゃなくて。
あまりに眩しくてカーテン閉めたら隣のヤツに怒られた。海見せろ!ってなんだよそれ。海なんて後で腐るほど見れるだろ。頼むから…寝かせてくれよ。



朝も早くからバスに揺られてたどり着いたところは臨海学校で使う宿、になる施設。
目の前はすぐ海でバスから降りた生徒が歓声を上げているのが聞こえる。


「あー…だめだ眠ぃ…。着いたらまずなんだっけ?」
「着替えて浜に集合だ。」
「ん?おわっ!?なんでアンタこんなとこにいんだよ?」
「引率の一人だからに決まっているだろう。ホラその寝ぼけ眼をなんとかしてさっさと着替えてこい。」
「うっせーな。分かってるよ。」


こいつはいつも突然現れる。大体いくら引率だからって担任じゃないんだから実のところそんなにオレとの接点はないはずなんだ。
先を行くクラスメートを追いかけて歩いていこうとしたときいきなり腕を取られた。

「いってッ、なんだよ!?」

なんなら着替えさせてやろうか?低く耳元で囁かれる悪魔の言葉。
オレは一瞬で体温が上がるのを感じた。それこそ沸騰しそうな勢いだ。

「なッ、おかしなこと言ってんじゃねーッ!この変態教師!」
「はいはい、嫌なら急ぎなさい。」

逃げるように部屋に駆け込み着替えを始めていた友人たちに合流する。
不規則に跳ねていた心臓をどうにか宥めすかして、嫌な汗で張り付いたシャツを脱ぎ捨てた。

「くそッ。」

休み明けからアイツはやけにちょっかいを掛けてくるようになっていた。それこそ校内でもほんの少しの人目の隙をついて気が付けば二人きりになっていたり、何より距離が近い!
さっきみたいにいきなり顔を近づけてきたりするから油断ならない。そんなことをされた後は必ず今みたいに心臓が音を立てて顔が染まるのも分かる。その悔しさといったらないんだけど自分じゃどうにもならない。



浜辺に集合して準備体操をした後は少し沖に見える島までの遠泳をするらしい。
それほど距離があるわけではないが要所要所に教師がボートでスタンバイしているのが見える。重なる波間にあの男の姿も見え隠れしていた。ぼんやりその姿を目で追っていると、いきなり真横でスタートの合図がして生徒が一斉に海に駆け込む。
大勢の生徒が泳ぎ出すものだから一瞬の出遅れがかなり泳ぎ辛い状態を引き起こす。
とりあえず集団を抜けたい。目の前は蹴散らされた波の細かい泡が広がってすでに視界は最悪。
迷わず島に向かってまっすぐ泳いでいたつもりだったんだけど、頭を上げてみればスタート前に競争しようと言っていた友人の姿も他の生徒もずいぶん離れたところに見えた。
オレ流されてるのか?そう気づいたときには遅かった。集団から一人離され島を横にみる位置まできている。教師のボートが近づいて来るのが見えたけど、同時に夢中で動かしていた足に痛みが走った。

「痛ッ…!?」

やばいと思った途端に激しい痛み。顔を上げていられない。水中に飲み込まれる。
苦しい…!息が出来な…い…――。

 


『6.エドワードA』

***


「……?」
「大丈夫か?」

背中が温かい。砂浜にいる。仰向けに寝かされているオレを覗き込んでいたのはマスタングだった。

「オ、レ…?…ゲホッ…ケホッ、」

喉と鼻が痛かった。喋ろうとすればむせて上手く呼吸が出来ない。

「かなり海水を飲んでたようだったからな。ほら、水を飲め」
「ん…」

この男がこういうトーンで喋るのは初めて聞いた気がする。
低く穏やかな声は労わるように水を渡すとオレの背中を支えて起こした。

「はー…。ここどこ?」
「おまえが溺れてたのを引き上げて近くの浜にボートをつけた。おそらくゴール地点の裏側にあたりか。…足はどうだ?」
「まだ痛いけど…平気。あ、ありがとな…、先生。助かったよ。まじ死ぬかと思った」

思わず出た本音にマスタングは少しだけ目を大きくしてオレを見た。

「おまえが素直だと気持ち悪いな」
「るっせぇッ。も、もう平気だからみんなと合流しようぜ」
「礼、とかないのか?」
「はァ?礼なら言ったじゃねえか」
「態度、で見せて欲しいな」
「態度って…な、何…だよ?」

傾きかけた陽射しを受けて細められた目。表情に影が落ち元々女子受けのいい顔がさらに彫の深いモデルみたいな顔になって見えた。
そうしてこの男が期待している答えが頭をよぎる。そう。何をオレに望んでいるのか気付いてしまった。
つい逸らした目からすかさずオレの心を見透かしたように追い討ちをかける。

「もう分かってるんじゃないのか?」
「…だ、だから何が!」
「キス、でいいよ。」

やっぱり。
夏休みとその後の補習と。初めは種でしかなかったそれ。オレ自身知らない間に育っていた気持ちがこの男本人には見抜かれていた。
元はといえば仕掛けられたようなものだったから、気付かれても仕方ないのかもしれないけど、隠しきれていなかったということが悔しい。っていうか滅茶苦茶恥ずかしい。

「助けられた礼がキスって…ぼったくりじゃね?溺れた生徒を助けるのもアンタの仕事の内だろ?」
「そうでもないな。等価交換、ってやつだよ。それとも初めてだから恥ずかしいか?エドワード」
「名前呼ぶんじゃねーよッ!って、バカにすんな!誰が初めてだって」
「エドワード」
「〜〜〜ッ」

ここには他に誰もいない。一瞬だ。一瞬で終わらせればいい。キスなんて簡単じゃねえか。もちろんファーストキスじゃないぜ。幼稚園の隣のクラスの……いや今はそんなこと考えてる場合じゃねえって。
オレは覚悟を決めた。とりあえず隣に座るマスタングに近づかなければと立てた膝を少しずつ前進させていく。

「…目閉じろよ」
「いいじゃないか勿体無い。あ、頬なんて子供騙しはノーカウントだ」
「閉じやがれっ…んなセコイ真似すっかよ」

マスタングは大げさにがっかりしたようなジェスチャーを見せてから目を閉じた。
売り言葉に買い言葉。若干のせられた気もするが自分が思っているほど嫌じゃないのが腹立たしくて。
俺はヤツの顔数センチのところで目を閉じて自分の唇を合わせた。
意外と柔らかい、そんなことを思った瞬間後ろ頭を押さえられてキスが深くなる。

「ッんぅ…」

驚いて開いてしまった歯列の合間から舌が入り込んでくる。口の中を弄り深いところまでを舐めあげられて息苦しさに意識があやふやになりかけた。危うくまた気を失うかと思ってマスタングの胸をガシガシ叩いた。

「んーーッ…ぅ」

名残惜しげにゆっくりと離されていく唇は俺の上唇を一撫でして。追った目の端に満足そうに笑うマスタングの顔が見えた。

「今日はこのくらいで許してやろうかな」

続きはまた改めて、そう告げられたとき俺はまた失神でもしていっそそのまま記憶喪失(コイツに関することだけ)にでもなれたらいいのに、と真剣に思っていた。

 

『5.マスタング』


少しは君との距離、縮められたかな


【本日補習最終日】


「あつーー……やる気しねぇ〜」
「…君ね、誰の為に付き合っているのか分かってるか?少しは私のことも気遣って欲しいものだが」
「だって暑いもんは暑い!」

7月の終わり。それは補習最終日でもある私にとっては来てほしくなかった日でもあった。
はあ、と一つ深い溜め息

理由はともあれ楽しかった日は

今日が、最後

きっとエドワードにとっては待ち侘びた最終日。
私には物悲しい日にしかならないというのに。
すれ違いはこんなところにも現れていた。
明日が来たってもう、早く起きる必要はないのだ。
ああ、考えただけでも寂しくて憂鬱になる。
無理矢理言って延長させてしまおうか。


そんな職権乱用の欲に塗れた感傷に浸っている私を横目に、彼は制服のボタンを開けられるところまで開けて、パタパタと扇いでは暑いだのエアコンが付いてないだの文句ばかり。
机に目一杯広げたプリントは名前だけ書いたままで止まり、教科書に至っては指定したページを開いただけで、来てからまだ一度も役に立っていない。
その上に無造作に置かれたシャーペンが角度を伝ってプリントへと着地する。
それを拾い上げ、暇そうにしていた左手に握らせた。

わざと触れた指先に、子供は気付かない。

「最終日くらいおまけしてくれたりしない?」
「しない」
「ケチー」

そんな仕草もまったく気にせず我が儘は続く。
終わらせるまで帰さない、とか冗談交えて流しつつ、扇いだシャツの隙間からちらりと見える乳首は見逃さない。
今日はTシャツ着てないのか。
最終日だからって気を抜きっぱなしだな。
可愛らしい桃色が見え隠れする度に笑みが零れて仕方ない。
ずっと見ていても飽きないな、等不謹慎にも思ってしまった。
いかん、また白昼夢へとトリップしてしまう。

「……はー、暑い」
「もう少し色気のある言い方してくれ…」
「あ?」
「いや、何でも」
「……」

危ない危ない。
にこ、っと笑って視線を合わす―――と、途端に全開だったシャツの前をクロスして隠してしまった。
もったいない、笑顔は崩さないままそう呟いてエドワードを見つめると一瞬だけ強い瞳がこちらを向き、緩く口元が開いた。

「不毛だよ……」

言葉と同時に眉は八の字。顔ごとふい、と右下へと目線を外すと今度は黙り込んでしまった。

「不毛?そんな風に思ったことは一度もないな。先日も言った様に、自分に素直になっただけだよ。だから後悔もしていないし、するつもりもない」
「……だからそれが」
「ならば聞くが、私を振るつもりならどうしてそんな顔をする」

ぐ、と喉を詰まらせた様な表情をしてエドワードは固まってしまった。
プリントが机に置かれた掌によってくしゃりと音を立てて縮んでゆく。
(もうプリントとは呼べない)紙を握ったままエドワードが重そうに口を開き、閉じる。
言葉を探して迷っているのか、なかなか音にならない。
助け舟を出してやってもいいが、悩んで選んだ答えを聞きたい気もする。

「…で…、なんでオレ?」

前回も言われた言葉を吐き出す様に消えそうな声で、呟いた。それはやっと音にしたみたいな力のないもの。
同じことを言うべきか、新たに想いを伝えるべきか。
どうしたらこの子供が私の手に入るのか。
駆け引きばかりが脳裏を泳ぐ。
しかし遠回しには伝わらない


「好きだから」

そして最終結論は必ずそこへたどり着く。
好き以外に理由などあるものか


「オレ……好かれるようなこと何もしてないよ」
「いや、君が気付いていないだけだね。私の中で存在がどんどん大きくなって」

中途半端に言葉を切って、未だ今日提出する予定だったはずのプリントを握りしめている両手に自分のそれも重ねた。

「触れていないとおかしくなりそうな程、好きになっていたよ」
「―――――っ」

大人の手に覆われた小さな手は熱を持って僅かに震えて、押し返すことも抜け出すことも儘ならない。

「好きになってくれとは言わない。……嫌いにならないでくれ」
「…嫌い…、…」
「うん?」

重ねていた指先が、更に力を込めているのか縮まってゆく。
くしゃり、下から紙の悲鳴。

「ば…っかじゃねーの…」
「そうだね。自分でもこんなに一途なことに驚いているよ」
「っ、……嫌いだったら……嫌いだったら毎日来るかよ!」
「え?」

エドワードが立ち上がるのと同時に椅子が後ろの机に当たり、教室に反響した。見上げる形になる顔は僅かに暑さとは違う、熱の篭った蒸気に近い表情。
ゾクリ、と背中で何かが走る

「あんたが勝手に色々優しくするから!どうしたらいいか分かんねぇんだよ!好きとかそういうのだって整理出来ないのに付き合うなんて……っ」

そこまで言って息を荒げたまま私を睨んでいた瞳が潤んで、力無く緩みを増して氾濫寸前になっていた。

「優しくすんな……ばか……」

なんとか落ちないように堪えているらしく、瞬きを止めて上を見ては痛みで誤魔化そうかと唇を噛む。
そんな無理しなくても、泣いてしまえば楽なのに。

小さなプライドはただ私を煽るだけ

「優しくしたら好きになってくれる?」

低いトーンで柔らかく問う。
こうなったらもう、押すしかない。

「だから、分からないって…」
「最初みたいに断らないってことは、少しでも私のことを考えているってことだな」
「……」
「ほらまた否定しない」

私は執念深いと告げていたからね、と付け足す。

「そういう態度でいるなら覚悟したまえよ」
「……それって」
「ああ、実力行使も悪くないね」
「なっ!」
「嘘だよ」

泣きそうだった顔はあっさりいつもの膨れっ面に戻って、拳はもう握りしめていなかった。

「でも触れたいと思ったのは本当」
「……、もうちょっと時間欲しいって言ったら、我が儘?」
「もう少し補習したいのか?」
「いや、もう勉強はいいです」

意図が読めなく思わず見上げたら、さらりと金色の前髪が下りて表情を隠してしまった。
僅かに見える口許は薄く弧を描いている様だが、それも一瞬のこと。

「……考えたいんだけど」
「それは私との関係を、って意味でとって良いのか?」
「あんたが言うとやらしいな…」

最後にそうだよ、と告げるとあれだけお喋りだった唇は何も発することなく黙ってしまった。
可愛いな、このまま今日を終わりにしたらもったいないな

大人だって少年の頃の気持ちは忘れない。
もう完全に脳内は初めてのお付き合い状態だ。

「授業料だけもらおうか」
「は?」
「今日で終わりにしよう」
「え?補習は今日で終わりだろ?」

そうだけど、違う。

「探り合うのは、今日でお終いだ」
「え、え…何す…っ」

前髪を上げて、隠れたままだった額に軽く触れるだけのキスをする。
しかも明確にするための音付き。

嫌がる様子はないが(硬直しているだけだろう)驚いたのか目が落ちてきそうだ。

「君がそうやって隙を見せたら容赦しないから、覚悟しておくように」
「な、何だよそれ……」

さあ、何だろうね?
軽く笑ってくしゃくしゃに丸まった白紙のプリントを拾い上げる。
「あ」と気まずそうな彼と目が合ったので、補習は昨日の点数まで足せば問題ない。
シワを軽く伸ばしてそう告げると、職権乱用だ何だと叫び出したので

「次、言ったら口塞ごうか」

人差し指で唇に触れる。
それだけで紅くなるから楽しくて仕方ない。

「…………変態だ…っ」

次の登校日まで会えないのが残念だな。
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