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誰も僕らを見ないでください



 情けない話かもしれないが、君が好きだ。


焦がれるほどに。







だからこそ、選択をすべきときは早く訪れたんだと思う。

愛とは存外、誰が抱いても偉大なものに成り得るのだな、と知った。
誰かのために自分を犠牲にしたり、
この胸を痛めつけたり。

そうして何もかも平気な顔で、強かに笑ってみたり。
ああ一体、こんな顔を誰が教えてくれただろう。きっとそれは、親でもなく、友人でもない。













「…あはは、オレ。なんか不安定だよねっ…
ごめん、」












恥ずかしさからなのか、パニックなのか、すぐ耳もとで自分の心臓がバクバクいってて耳鳴りもする。

最近なかなか会えなくなったオレたち。




つい寂しさに負けて、トレイくんに告げてしまった。







『最近会えてなくて、
寂しい。たまには2人でゆっくりしようよ』と。



恋人同士なんだからさ。
そう加えようとしたけどそれは叶わなかった。



大好きな声色で被せられた言葉は、
『まるで恋人みたいなこと言うんだな』
ジョークにトゲがありすぎる、もしかして男の子の日か?と続く。

彼はいつもどおり笑ってた。










ひゅっ、言葉にすればそんなところ。
なにも言えなくなった喉が鳴る。

喉元を伝って冷たい空気が肺へ、心臓へ回って。
冷たくて苦しくて、悲しい。











「……え、お前。

まさか付き合ってたと思ってたとか、言わないよな?」





その、まさか。だよ。
もうやめて、頼むから続けないで。
それ以上は聞きたくないよ。






「いやいや〜、まさかねっ…!」
 



戯けた様子を取り繕って、ちょっとムラついてただけとか思ってもないことを口にする。

それを聞いて、君の顔はすぐに晴れた。







「…だよな……!

いや…今のは本気で焦ったぞ?」

脅かすなよ、とまたあの笑顔で腕を伸ばす。







そうなるとオレは弱くって。
大きな掌と、ぬくもりに安堵してしまう。


「ケイト、」



名前を呼ばれて、真っ直ぐ見つめればメガネ越しのキャラメル世界。




ああ、ダメだ。
そう思った時にはもう手遅れで。
溢れ出す涙が止まらなかった。

















「ーーーーケイト、あのさ」

















" そういうの、俺 "

" すごい迷惑なんだが… "
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doting






時計を見やれば、6:30を示す針。




ざわつく気持ちが落ち着かず、
部屋を見渡せば見慣れた黒い封筒。



…………まただ。




恐怖心に駆り立てられながら、ガウン纏い
封筒を手に。
部屋を飛び出した。






「ジャミル…!!」



オレが唯一甘える事ができる相手。
誰にも話せないような悩みだって、ジャミルならいつでも親身になって相談に乗ってくれた。


…オレの配慮が足らず、苦しめた事もあったけど
今もこうして対等に扱ってくれている。





「どうしたんだ、カリム」


ジャミルの部屋を尋ねれば、すぐ中へ招き入れ。
いつも温かいチャイティーを入れてくれた。
礼を言ってオレはそれをいつも通り、カップを口に運ぼうと両手を伸ばし異変に気付く。





「え………、なんだ…これ」





急いでいたから気付かなかった。
羽織ったガウンには、べったりと何か薄く白い汚れが出来ていた。



「……カリム、」




慌てて脱ぐように促され、ガウンを脱ぎ捨てる。
ジャミルは急いで自分の羽織を貸してくれて、冷たい目線をガウンに落とした。








「…本当は、此れのことで来たんだ。

…でも、さっきのも含めて…聞いてくれないか?」





オレまで床のガウンを見つめ、
例の手紙をポケットから出して見せる。


ちらり、と。
ジャミルは視線を絡め、黙って頷いた。
オレの向かいに座って腕を組んだまま、支離滅裂になりつつあるオレの話を聞いてくれた。



ーーーーー今朝の手紙は、今日が初めてじゃない。


ここ数ヶ月続いていて、
最初はただの匿名ラブレターだと思って喜んでた。
でも、だんだんと内容が怒りっぽくなってきて怖いものに変わっていく。



気にし過ぎかもしれないが、最近じゃ寝る前やふとした瞬間に感じる
視線。威圧感。ついて来られるような足音。
部屋の暗闇で感じる人の気配。
うたたねの記憶で、髪を撫でられる感覚。




「…まだ誰にも話せなくって、」





「なるほど」

オレの話を聞き終えると、ジャミルは伏し目がちに床を見つめた。


「…オレ、怖くなっちゃってさ」

「うん」

「でも、犯人に心当たりも全くないんだよ」








「カリム」




「…?」


「ーーーー俺が見張っていてやろうか、?」



「えっ…いいのかっ?」

「勿論。
お前が構わないのなら」




やっぱりジャミルは頼りになる。
隠しきれずに笑みが溢れてジャミルに抱き着こうと、椅子から立ち上がって、直前で思いとどまる。



「…っと、ごめん!」




その鋭い視線に、
あの時のことを思い出す。



『お前なんか、大っ嫌いだ』




あの時のジャミルは、本心だったかもしれない。
ーーーー頼り過ぎたり、無下に絡むのはジャミルに嫌がられてしまう。






伸ばしかけた両手を、不自然だけど
できるだけジャミルに嫌われないように。
控えめに万歳をしてみる。



「…ふん、

まったく大袈裟だな」







鼻で笑ってても、目が笑ってない。
もうオレたちは昔みたいにほんとに笑えないのか。



また胸がきゅうっとして、痛い。

痛みを隠してオレはまた笑顔をつくる。







「…では、夜に行けばいいか?」

「ああ、よろしく頼むよジャミル!」









約束を取り付けたことにオレは安堵した。





たったのそれだけ。

それでも嬉しくって、幸せで。

1日があっと言う間に過ぎていく。ホリデー中に実家で見せてやる日記とは別。
オレだけの日記を開いてペンを手にした。






ジャミルが壊れたあの日から付けてる日記。






大切な友達だから、
今度は。いや、これからは絶対に
嫌われないように。


オレが間違えないように、
連ねていく。







良かったこと。
ジャミルが話を聞いてくれた、
心配してくれた、
守ってくれると言ってくれた、
ちゃんとお礼を言えた、
抱きつくのを我慢した、
授業で寝なかった、
教科書を忘れなかった、
大きな失敗をしなかった、
部活を頑張った、
ケイトに褒められた!
次の部活が楽しみだ




良くなかったこと。
慌てて部屋に押しかけた→ 寝てたら怒るから、ゆっくり行く!大声を出さないようにする!
抱きしめようとした→ジャミルはそういうの嫌い、動く前に考えて行動する!
ノートを忘れた→迷惑をかけるから前日に2回チェックする!
ターバンがうまく巻けなかった→もっと練習する時間を増やす!
汚れた服をすぐ捨てようとした→センタクをすれば着られる!センタクを覚える!!





「…あとはー…えーっと」


ーーーなによりもジャミルが来てくれる、
それだけでも安心して眠れることに睡魔が襲った。





今日一日をこうして遡ってると、
いつも眠くなってしまう。



開いたページに頬を乗せ、このまま眠ってしまいそうになる















「………じゃみ………むにゃ」


名前を呼びかけた相手を、待つこともできず。
猛烈に遅いくる眠気の波に飲み込まれた。
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優しい速度で、壊してよ

ただ傍にいて、温もりを分けてほしい。


君に愛されたいと願ってしまうのです。































「…ねぇ」


「はい?」



「とりあえずなんだけど

…コーヒーとか…飲む?」





にっこりと彼が頷いたのを見て、2つで用意しかけたカップの隣に、もうひとつを並べた。






ーーーーーーーーつい数分前のことだ。


キッチンでトレイくんを見かけた。
せっかくだし一緒に休憩でもと思ってコーヒーを入れようとしただけだった。





そこに突然、ふらっと現れたのがオクタヴィネルの双子くんの片方。
イカれてない方の彼なんだもん。






………完全に謎展開。








なんで、ここ。

ハーツラビュル寮のキッチンに彼が遊びに来るんだろう。






そんな思いを抱きながら、突然やってきたジェイドくんにもコーヒーを出した。





「…ハイ、どうぞ」


「ありがとうございます」






コト、とテーブルに乗せたカップが音を立てる。


「………」

「………」

「………」



絶妙な気まずさと、
できるだけ長く一緒に居られるだろう、と
熱く入れていたコーヒーが裏目に出る。








「少し早く着き過ぎてしまいました」




沈黙を切り裂いたのは、ジェイドくんだった。

驚くことに、何か約束があったんだ…








「ああ、別に構わないぞ」


「…今日はケイトさんも一緒に?」



「あー…いや。

ケイトは」









恐れていたことが起こる前の前兆。



ーーーーそんな嫌な予感がする。









視界の隅で揺れる2つの寒色が霞み、
ぽつりぽつりと繰り返される会話も、すべて。

この手に掬うように、掴み取れるものなら良いのに。







「…ケイト、俺たち」










「うっわ、ヤバっ!

リリアちゃんと打ち合わせあるの忘れちゃってた…!!」





鳴ってもいないスマホをわざとらしく取り出して、
慌てたフリをする。




「ははは、軽音部もちゃんとやってるんだなっ」


「ふふ、また素敵なライブの作戦会議でしょうか?」


「ん〜、まぁ!そんなとこかなっ☆

だから…オレ行かなきゃいけないや!」





コーヒーは2人に任せた!

とか何とか言って、何にも約束なんて無いのに部屋を後にした。
正直言って、逃げ出したようなもの。







行くところも無いけど、とりあえず部室にでも行こう…と重たい脚を引き摺った。












部室には案の定、誰も居ない。

余計に寂しいこの部屋で、ぼんやりと彼と過ごしたこの1ヶ月を思い出す。


なんだかんだでそばに居て、身体を重ねるのが週に1回。
誰にも言えないけど、こそこそ続けるこの交際は幸せ。


だと思う。







秘密の関係、彼はよくそう言ってた。





思い返せば「好き」という言葉を彼から返された事はあっただろうか?



かわいい、きれいだ、愛くるしいーーーー

称賛の言葉は多々あれどそこには『愛』がない事が、うっすらと影をつくって幸せな記憶にヴェールをかけてしまう。





「…なんだ、そういうコトだったのかな」






それならオレの気持ちは、隠す意味さえ初めからない。
宙ぶらりんになった感情を真昼の空に放って泣きたいくらいだ。








「ばっかみたい」

答えはでたようなもの。
…分かっているのに、悩むのは。
可能性を捨てられないのは。




「……オレは本気

なんだけど、ね」





ならばこの愚かな愛を、どうか受け取ってはくれないだろうか。
今も、今までもこれからも。

本当の願い事は、きっとそれだけだ。





目を閉じれば、今だってすぐに秘密の世界に潜ることができる。


『…ケイト…』




いつも戯れを装って回された腕の中。
背中から聞こえてくる心音の穏やかさ。

オレとは違うゆっくりとした律を刻むそれに、いつも和んでいたが思い返せばそれは違うといえるだろう。


平静が、音を立てて今にも壊れそうだ。
隠していても隠しきれない、甘やかなその恋が。

自分ではなく他寮の彼に差し向けられていると気づいても、オレはきっと関係を終わらせられない。

心臓の音も、声音も、表情も。
すべて隠しきれてしまうから。

器用に、誰も傷つけないように。
空気を読む。



本当はこんなにも、とっくに壊れていても。









考えれば考えるほど、辛くなる。
恐ろしい結末が待っていても、まだハッピーエンドを捨てきれないから。






何度もこの部屋を出ては、引き返し。

何時間もかけて、震える足取りであのキッチンへ戻る。















『…ああ…ごめん』








その光景に息が詰まる。


 どうかその初恋のような眼差しを、向けないでくれないか。

秘密のソレとは違う。
その純粋が息苦しく、腕の中のであんな顔ができる君が、心底羨ましい。






そう言ったら、
そんな醜いことをオレが言ったなら。




きっと彼は、躊躇いもなく言うのだろう。

そんなことを言うくらいなら、もうお前とはこれきりだと。








そんな先走った妄想よりも、現実はもっと残酷な言葉を躊躇なく突き立ててくる。





優しい速度で、壊してよ
『トレイさん…僕も貴方が好きですよ』











続き→
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ho◇e


「…イト、」








「   ケイト   」






ふわり、
まさにそんな感じ。

気怠く少し甘ったるく名前を呼ばれ
同時に伸ばされた腕の中に、閉じ込められる。

その擽ったさに、思わず口角が上がる。










「…トレイくん、オレ」








「ケイト」



繋げたかった言葉ごと、舌に絡めとられて
同じ温度に溶かされる。








"ずっと好きだった"











ずっと、ずっと我慢してた。
自分のキャラとか、周りのノリとか、リドルくんのこととか、
全部…全部が大事だから壊さないように。




人の不幸のうえに、幸せは存在しない
ーーーーそういう風に昔から教わってきたし。




だから
いつもふざけたフリをして、やり過ごしていたのに…
こんなにも呆気なくストッパーは外されちゃうし
人間って欲に弱いもんだよね。













「…改めて言わなくたっていいぞ」








やっと解放された唇から、優しくて
少し悲しげな声で告げられる。


その表情に、いつも押し殺してきた感情が
たまらなく掻き立てられるんだ。









「実は…な。
俺もそうなんだよ、ケイト」

















ーーーーーーーえ?










「へっ…?

えええええ、トレイくんそれマジっ!?」











突然差し出された《両想い》に上擦った声が出る。
彼は困ったように笑って、大きな手でオレの髪を撫でた。







「あはは、嘘ついてどーすんだ」

もう裸の付き合いなんだし、と姿を見直して
また笑顔を向ける。


そう、今オレたちは裸で…
ついさっきまで重なっていたわけだ。

…辛うじてオレだけはシャツを掛けられてるけど
今更何を隠そうと思うくらい。








「いやっ…でもさ、だって……えぇ〜?
オレ、てっきりトレイくんは違うって思ってたから」


「そうか?
お前は勘がいいから気づいてると思ってたよ」


「…ふふ、全然っ」




向き合って撫でられていた頭を肩に預ければ
また、やさしく包み込んでくれる…

ずっと望んでたことが叶ってる。
…改めて、夢見た空間に身を置けてることに
いまだに実感が湧かなくて意地悪な感情が沸きたつ。




「あの…さ」

「ん〜?」

「…リドルくん、…は?」





「……………うん?」



「リドルくんとはこういうコト…しなかったのかなぁって」



口に出して、自分の性格の悪さを恥じる。
それでも彼は笑ってオレの鼻先をくすぐる。






「いや〜、ないないっ。

…お前とだけだよ、こんなこと」







優しくつままれた鼻先ですら、
熱を帯びていくのを感じて顔を背けた。








「…ケイト」






名前を呼ばれて、顔を上げれば
また唇が重なる。



温度が絡まって
顔に添えられた手が喉元を滑り
オレの後頭部を捕らえた。

うなじに少し爪を立てられ、
思わず身体が跳ねると少し離れた唇から「悪い」と小さく謝罪がこぼれた。





大丈夫、の代わりにまた唇を重ねる。

君とのキスが好き、

他のやつらよりも優しくて

でも少し強引に押し込まれる厚み、温度、吐息


その全部が心地よくてとろけそうになる。









「…っはぁ………ケイト、

やっばいな…お前は本当に。

そんなかわいい反応されちゃ、またしたくなるだろ…?」





唇が離れ、目の前には
八の字に眉を歪めて笑う君のお決まりのスタイル。






「ーーーーそれは、トレイくんのせいでしょ」










「そんなことないけどな。
     
     


…ケイトと俺、ふたりだけの秘密にしないか」
"この事は"と君は続けた。





…たしかに、オレたちは同じ寮内だし付き合った事が表立ってはさすがに気まずいもんね。






「…秘密、ねっ?

りょーかいっ♪」





ちゅ、と音を立て
触れるだけのキスをした。


絡めた小指にか、不意のキスにか、
君は驚いてキャラメル色の瞳が大きく見えた。


その反応に、何だか急に恥ずかしくなって
ベッドからわざとらしく跳ね降りて
肩に掛けられていたシャツに袖を通す。






「てーか、バレないうちに服着ないとヤバくないっ??

トレイくんの部屋って、いつ誰が来るかわかんなーーーー……」











突然、視界いっぱいにキャラメル色が広がって
背中には数十分前にオレがノックして入ってきたドアがシャツ越しにひんやりと感じる。







「……い。」



置いてきぼりにされた最後の「い」だけが、
ポツリと溢れて
懸命に状況を判断しようと泳いでいた視線がぱちりと絡む。



右手で肩をドアに押さえつけ、
あまった左手はオレの頭の上に囲いを作って
少し屈んで覗きこまれ
なんとも言えない緊張感が走る。





「………えっと、トレイ…くん?」







「お前…

そうゆうとこ、ほんと可愛いな?






「う、ぁっ…」




















ーーーーーーーーーコンコン







「っ…!」




あと数センチ。 

少し開いた彼の唇がゆっくり閉じられ、
ドア越しに聞こえてるんじゃないかってくらいに心拍数が跳ね上がる。



整った眉をしかめながら、
ゆっくりと目を瞑る仕草をただ固まったまま。
オレは見つめることしかできない。









『トレイ、僕だよ。』







聞き覚えのある声に、小さく鳥肌が立つ。


パニクる頭では必死に、
ありとあらゆる言い訳を連ねて
どうやってやり過ごすかを考える。






「シーっ…」






人差し指を押し当てられ、
オレは小さく頷いた。









ドンドンッ!


『トレイ!』






先ほどよりも大きくドアを叩き、
中の様子を伺う我がハーツラビュル寮長。


…バレたら、完全にハネられ案件。
さすがのケーくんでも、NRC生活で最大のピンチ。










「ーーっ?!」




前触れもなく捻じ込まれた舌を

追い返すことも出来ず、恐怖心と快感に足がすくむ。





目で「ダメ」と訴えても、
彼は目尻を楽しげに下げるだけ。








『 いないのかい 』








…トン。


まさにそんな軽い音。




ドア越しの彼の姿を思い返せば安易に想像がつく。

オレの丁度、背中のあたり。

きっと少し落胆気味に頭を擡げたんだろう。




それでも口内を侵すことをやめない部屋の主人は、
つくづくいい性格をしてるもんだと呆れてしまう。








ドア越しに感じた背中の重みがふっと消え、コツコツと小さな足音が遠のいていく。






それを聞いて、
一気に身体の力がゆるむ。

やっと解放された唇が、だらしなく安堵の息をもらした。



「…ッはぁ…

ちょっと、トレイくん何考えてんのっ!」






「すまんすまん、

…なんかゾクッときちゃってつい」


そうやってクスクスと笑い、
また髪を無造作に撫でながら身体を離す。






だんだん離れていく大きな背中を、
急いで追いかけて
冗談まじりに叩きつつ
一緒になって脱ぎ散らかした制服を拾う。






「ほんっっっと
心臓止まるとこだった〜〜!」





「あはは、ごめんって?

…えーっと…このネクタイはどっちだ〜?」







ふざけて、じゃれて。
身嗜みを整えては、もみクシャにされたり。


くだらないやりとりが、とにかく楽しくて
まだふわふわしたまま
オレたちだけの秘密の恋人関係が始まった。















「 ねぇ、トレイくん 」














「……改めて…さ。

これからも、よろしくねっ?」











ho◇e
(求めたのはhope)







side T→
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たらないふたり







何処から何処までが恋、



何処から何処までが本能

なのか、とか。


ふたつを足したら、その先に……?

掛けたら、割ったら、その先に……?






愛にあって恋にないものはなんだろう、とか。


そんなことばかり考えるのです。























「っ……すみません!」

葉桜の季節。眩しいくらい鮮明な新緑。
張り切って借りたレンタカー。
きみの行きつけの店のティーサイダー。
あとで食べようとした温泉まんじゅう。
2人だけの客室と部屋付けの露天風呂。
色もサイズも違う浴衣とタオル。


露天風呂へと繋がる脱衣所。
好きなひと。
それから、僕。






「ーーーー本当に、ごめんなさい」







キャミソールから覗く白い肌は、ほんのりとピンク色を纏って、かすかに震えていた。

露わになった肩や鎖骨とは比べものにならないほど、赤く染まった頬と涙を浮かべる瞳


顔を背けられても、僕にはわかった。




(あーあ、どうしよう、どうしたら)





きゅっと噛みしめられた唇がゆっくりと綻び小さな声で
言葉を紡ぐ

「…ごめん、なさい…っ」









あ、溢れた。







大きな瞳からこぼれ落ちた涙が
流れ星みたいで綺麗だなと思った

それから僕はやってしまったな、とも思った。







「……」

「……」




張り詰めた空気と、重苦しい沈黙に
たった数分前のことを考える。

温泉にどうやって入るか。順番こにする?
せっかくなら一緒がいいかな?
それなら反対側を向く?
…タオルを巻けば大丈夫かな?
2人で笑って、歪な答えを出した。

余談ではあるが、ここを予約する時
『カップルプランで予約しますよ、いいですか?』と伝えていたし
君は『なんか、恥ずかしいですね』と笑ってくれた。
了承してくれた君は、僕とカップルと見做されても良いんだと…ずっと求めていた答えが形になった気がしていた。


だから僕は、
緊張するけどごく自然な流れかなと思ってた。




脱衣所にきて、やっぱり恥ずかしいと言う彼女。僕は少し考えてからTシャツを脱いだ。
これで僕の方が恥ずかしくなりましたよと笑えば、困ったように笑ってくれた。

それでも、やっぱり恥ずかしいよと僕に背を向けた。
これは漫画でもよくある展開だ。
こういうのはリードして、の合図だろう。
漫画に描くのは簡単だが現実ではとても勇気がいるものだなと、尋常ではない鼓動のリズムに生唾を飲んだ。

ゆっくりと歩み寄り、優しく後ろから抱きしめるようにしてワンピースのボタンに手を掛けた。

大丈夫です、なんて囁く言葉とは裏腹に
僕はちっとも大丈夫なんかではなかったし、
彼女は確かに「待って」と言っていた。


それなのに。
漫画の主人公でもない癖に。
自惚れた僕はその手を止めなかった。




「…すみません、気持ちが先走ってしまいました」




やっぱり、初めは
優しくちょっとずつ。
それが正解だったのかなとか、後悔する。







様子を伺いながら、再びボタンに手をかける。

…今度は、もっと優しく
もっとゆっくり。













「ぃ…いや、」




その言葉と同時に優しく包んで突き放される両手…

ああ、拒否されてしまった。
行き場を失った両手と感情が、どんよりとした重力に負けてぐったりと落ちた。






「ごめんなさいっ…わたし、やっぱり」






続く言葉はきっとまた、拒絶だろう。
その言葉ごと阻止するように、
頭からすっぽり、いちばん大きなタオルを掛けてみた。


彼女は驚き
その華奢な肩が小さく跳ねて、潤んだ瞳が僕を見上げた。
…あの日と同じようにふんわりとあの香りがする。




(やっぱり愛おしいや)







「やっ…」





驚いたことに、僕はタオルごと彼女を抱きしめていた。
腕に閉じ込めたと同時に聞こえたのはまたも『嫌』。







(…どうかしてるんじゃないか)




僕も彼女も固まったまま、動けなくて
ただ心音だけが2つ
トクトク鳴っていて
ひとつの機械にでもなってしまったみたいで
不思議な気持ちになった。




「…奏さん、」

  

僕の名前に、小さくて優しい『だめ』が続く。

きっと今、僕はとてつもなく情けない顔をしてると思う。






僕らは"両想い"なのに。
やり方を変えても、僕は優しく出来ないのかな。
それとも今日から始めるこの"恋人としての1ステップ"を僕とは踏みたくなかったのか。
ほんとのことは何ひとつわからないけど、



「……だめ、ですか?」

どうしても、と僕。






「…だって……」


彼女の声が震えて、またぽろぽろと涙が溢れる。
懲りずに僕は


(宝石みたいで本当に綺麗だな。)





「…だって?」


「だって。…やっぱり、やだよ…こんなの」
とまた泣いてしまう君。



きみからしたら、
こんなの。


その一言で片付けられてしまう、この状況。
どこからどこまでをきみは"こんなの"というのだろう。
…やっぱり、その程度だったのだなと僕は悲しくて悔しくて。


独りよがりに確信していた《両想い》に
浮かれた自分の滑稽さにも、恥ずかしくなる。





僕の中で何かがぐらりと揺らいでしまって
半ばやけくそで、ずっと大切に抱えていた想いを乱暴に投げつける。

 







「僕はずっと、望んでいましたよ。


君とこうなりたいって。」



ずっと、ずっと願ってた

恋人になりたい、と。


初めて会ったあの日から、
僕はずっとそう思ったのに。








声に出してしまった瞬間、
僕の初恋が玉砕するんだろ。
ーーーーーああ、終わったな、
と妙に冷静さを取り戻す。








「…っ……」
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