不思議青年たちの午後。青い青い空にひなびた雲が横たわる。閑散とした喫茶店のテラスは涼しい。日覆いが強い日射しから守ってくれているためだ。
空を海とするならば地上は海底で、僕らはさしずめ深海魚ということになるわけだが、しかし深海魚はベーコンとほうれん草のキッシュなんて口にはしないだろうと黒子は思った。彼の皿の上には一欠片のチーズケーキタルトとワンスクープのバニラアイスが乗っている。
キッシュが乗るのは向かいの同級、緑間の皿である。
「緑間君の記憶容量は何リットルでしょうか」
「測定不要だ。追加でコーヒーゼリーを頼むが、お前は何か注文はないか?」
「アメリカンコーヒーをお願いします」
「アメリカンだと?そんな薄めたコーヒーなんて香水と同じなのだよ」
「苦いの、そんなに得意じゃないんです」
「まぁいい。すみません、アメリカンコーヒーと、コーヒーゼリーをお願いします。……さて、お前が貸してくれた本だが、なかなか悪くなかった。だが俺が好感を抱いていた男が犯人で焼身自殺をすることになるとは思わなかったのだよ。お蔭で夢に出て魘されることになった」
「それはご愁傷様です。緑間君、ケータイにつけているそれは今日のラッキーアイテムですか?」
緑間がテーブルに、黒子から借りていた文庫本を置いた横には、緑間のケータイが置かれている。余計な装飾を厭う彼のケータイには基本的にストラップ等はついていない。
だが、今そのケータイにはひとつのストラップがついていた。夏の濃ゆい緑葉の血液の一滴を閉じ込めたような、ビリジアン混じりの硝子玉がついている。シンプルイズベスト。
「いや、これは別に、何でもないのだよ。ただ付けているだけだ」
緑間の言葉に揺らぎが生じた。
黒子は霊能者が霊視をするごとく、そのストラップに一人の男の影を見出したが、目の色変えることなく淡淡と会話を続ける。
「ケータイにストラップをつけるのはあまり好まなかったと記憶しているのですが。趣旨変えでもしましたか」
「そんなところなのだよ」
そんなところだと言いながらも緑間は、自分のケータイにストラップをつけた人物のことを見通されていることを何となく察して落ち着くに落ち着けなかった。ジンジャーエールを一口飲み、喉を過ぎていく炭酸にしばし意識をやる。黒子はチーズケーキタルトを食べ、バニラアイスを一匙すくって口に運ぶ。
どこかで賑やかな声がする。水風船が弾ける音もする。風鈴が鳴く。雀が落ちる。蝉は居ない。
「今頃、きっと君を探してますよ」
「お前も同じだろう」
「そうですね。そんな気がします。緑間君、もし彼がここに辿り着いたらどうします?海に行きたいとか言いますか?」
「海で私と一緒に死んで、というやつか?そんなもの御免なのだよ」
「たまに思いませんか。このまま一緒にいれたらいいと」
「黒子。俺達はまだあまりにも子供だ。全てがまぶしく、己の正しさだけを信じていたい、それだけの存在だ。未来など見えた試しがない。足元だけで精一杯で、大きな望みなぞ抱え込んでる余裕などない」
「望む気持ちはあるんですね」
「否定は……できまい。もう行くところまで行ってしまったのだから。お前は違うのか」
「きっと同じです。根本的には。ただ、そう、強いて言うなら、僕と火神君は、君が言うところの大きな望みを抱え込もうと躍起になっているのかもしれない。結末が心中でも結婚でも、どうにか二人で存在したくてもがいている」
「苦しいな」
「ええ。とても」
「それでも苦いコーヒーを飲まないのだろう」
「はい。飲むくらいなら火神君と死にます」
黒子は運ばれてきたアメリカンコーヒーに砂糖を注いだ。緑間はコーヒーゼリーを食すべくスプーンを取り、クリームの中で黒く波打つゼラチンの海を飲む。長い下睫毛がさやさやと音立てる、そんな想像をコーヒーの湯気越しにされているとは知らない。冷たいゼリーはほろ苦くクリームの甘さと優雅に踊る。食べかけのバニラアイスは半分溶けていた。二人は時を待つように黙る。そのうち店の入口から自分の好い人がやってきて、このテラスに駆け込んでくる……そして颯爽と火の街へ連れていってくれる……淡い夢にしなだれかかりつ。