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Fuc***g Halloween/桐仁

野戦服に身を包むときが多い分、あまり着慣れない質感に初めは違和感を感じた。露出している部分が目元以外にない一張羅は、汗をかいたら嫌な感触に変わりそうだった。あみだくじで決めたハロウィン衣装に不平不満を口にこそしないが、この悪習が根付いた一日が早く終わって欲しかった。イベントやら行事やらにえらく敏感な我社は、トップからダウンにかけて総出で取り組むわけだ、対外的な宣伝やら何だか知らないがいい迷惑でしかない。我慢すれば終わることだと毎年思っているが、しかし、しかしだ、この格好は正直勘弁して欲しいと感じた。何せ便所に行って小便するのも面倒臭い作りだ、おまけに視線がどこに集まっているのかも理解してしまう。別に見られて困る身体ではないのだし、構わないのだが、執拗に見られて挙げ句の果てには写真撮影をされるのだ、とっとと終業時間になってもらいたいものだ。
「デップーだ」
「リアルデップーやばい!」
「でっか!」
「あれどこの部署の人かな?」
「デップーこっち向いてー!」
浴びせられる声を聞かなかったことにして、経理課の窓口に書類を提出した。窓口係の女性社員は、兎の耳をつけてにこりと笑った。
「お疲れ様です」
「C隊の経費報告書だ、監査に回してくれ」
「かしこまりました」
手際良くハンコを押されていくのを狭い視界で眺めながら、溜息をついた。とっとと終わって煙草が吸いたかった。
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お前の足元にある希望/桐仁+夜鷹

事後することと言えば、ピロートークもせずに眠るだけだった。サイドテーブルに置かれたペットボトルの水を空にさせ、偶に煙草を一本吸い、二、三会話をしたら洗い立てのシーツに頬を寄せるものだ。今日もそのつもりでいた。ヨダカはケツ穴を酷使し、疲れに身を任せてすぐにでも眠りそうだった。せめて身体ぐらい拭いたらどうだとせせら笑ったが、夢見心地の奴の耳には入っていないだろう。煙草に火をつけて灰皿を寄せた。甘ったるい葉の臭いが鼻に届く中、ヨダカに倣い身体を横たえさせようとしたとき、白いリネンの端から浅黒い脚が見えた。
ヨダカは片脚しかない。右脚は地雷除去の際に吹き飛び、以来義足だ。寝るときは義足を外し、片方の生身の脚だけがシーツの中を泳ぐことになる。二人男がベッドの中にいるというのに、脚は三本しかなかった。少し笑える、身体が資本だという傭兵稼業をしているのに、五体満足ではない肉体が自分の生命の手綱を握っているという事実に対して、鼻で笑った。
いつだったか訊いたことがあった。不自由なのか、と。不便だぞ、と機能性についての利便さを返答として口にされ、肩を竦めたものだった。自由かどうかではなく便利かどうかを答えてきた奴の言葉は、的を射ている。腕がなかったとしても、脚がなかったとしても、生きている限り考えることは出来る。ヨダカは意地汚く、泥水を啜ってでも這い戻り、為すべきことを為す男だ。脚がないからと言って、簡単に希望をなくす人間でもなかった。
希望――そんな明るいものではない。執念が、奴を立たせているとでも言うのだろうか。何の為の、何に対する執念か。それは俺自身理解してやっても共感することの出来ない事象だ。死ぬ間際になっても、絶対に感化されることのない感情だろう。故に口を出すつもりもない。この男が好きにしたらいい話だ。
寝言に近い呻き声のヨダカの、生脚がベッドからはみ出そうだった。俺が眠るスペースを確保しながら、脚を引っ掴んでベッドに戻した。じりじりと焼き付く煙草の煙を吐き出して、仰向けになる。この一本を吸い切ったら瞼を閉じよう。片手で煙草の灰を落としながら、ゆっくり回る換気扇の動きを目で追った。
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