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頼むから早くそれを言って下さい/大尉+チビ

人間という生き物が四足歩行から二足歩行になり、脳の容量が増え、言語を理解し数字を操り物事を考えるようになったことをひどく幸運だと思った。
仮に初めの四足歩行から二足歩行になるという過程がなかったとしたら、今でも獣の屍肉を貪って野山を駆けずり回っていたかもしれない。こうして美味くもないが不味くもない、だが手を汚さずにナイフとフォークを用いて肉を切り分け味わうことが出来るのが如何に幸いか分かるというものだ。
それだけではない、人と人とのコミュニケーションを円滑にする為の言語野の発達により、殺し合う前にネゴシエーションをするようになった。ペンは剣より云々と昔から言われるが、拳による実力行使と比較すれば口頭のやり方の方が余程建設的だった。武力による解決は何も生み出さないというのが教科書通りの教えとすれば、言葉は力に勝るというわけだ。
「では何故、現代では無力だと正論を切られた武力を行使するようになったのか」
晴れ渡る青空、雲一つない日差しの下だった。
おやっさんによるYF機の微調整を待っていたチビは、手持ち無沙汰のまま工具箱へと腰を落としていただけだった。突如として背後から現れた大尉は、冒頭の長台詞を噛まずに言葉にした。灰色の、それこそ図鑑で見たことがある、薄情な犬の目に似た双眸に見つめられ、チビは言葉をなくしてしまった。蛇に睨まれた蛙と言えば分かり易い図なのだが、大尉は悪意を持って見つめているつもりもなければ、真摯に視線を送っているわけでもなかった。彼はただ単に返答を待っていただけだが、チビの様子を見て小さく被りを振った。
「害獣のせいだ」
「あ、そういう話の流れだったんですか?」
意図が掴めたらしいチビは、大尉の言葉に後ろ頭を掻いた。遥か上方にあった高い背は屈み、工具箱へと腰を下ろしていたチビの隣へと胡座をかく。そのまま禁煙エリアだと言うのに煙草を胸ポケットから取り出して黙々と吸い始めた。
「もしも文字が力を持っていたのならば、確かに人間とは共通理解が進むだろう。停戦条約なり講和条約なりを結んで、とっとと和解の為に金を刷ったらいい話だ」
かつての戦争とはそういうものだった、らしい。教科書の基盤に沿えば、人間同士の戦いがあった時代には、言ってみれば話し合いや文書での相互理解でどうにかなったというわけだ。大尉の台詞にチビは、昔はそうだったんですよね、とそれとなく相槌を打つ。
「害獣とならばこうはいかない」
「…まあ難しいですよね」
「奴らが意思疎通が出来るかどうかを試せる機会もなければ言語や明文化された文字を共通理解として認識するかどうかも分からない」
大尉はいつもと変わらない真顔のまま煙を燻らせた。
「だから一番原始的な、それこそ我々人間が最初に持ち得た武力でぶつかり合うのが、今の段階では最適な手段であるとされているわけだ」
「はぁ…」
そこまで話し終えた大尉は、チビを一瞥すると立ち上がり、最早フィルタ部分しか残されていない煙草を足元に投げ捨てた。ブーツの踵で踏み潰されると、煙はなくなり焦げ目だけがアスファルトに残る。
「この話が何に繋がるか、予測出来たか」
「…?いえ?」
この男、満足いくまでよく分からない話を延々と続けるタイプであるのは間違いないのだが、今回はやけに長引かせているとチビはふと感じた。違和感には気付かなかったが、薄青い大尉の瞳がすうっと細まると、彼の視線は腕時計へと流れていた。
「武力同士が拮抗し均衡状態が崩れる時はいつだと思う」
チビはふと、時計に目線を落としたままの大尉を眺めたあと、己も倣うように腕時計へと視線を移す。お昼になる。正午にあと数十秒で。
「…あ、」
「空腹時の人間は理性を無くすぞ。飯が無くても泣くなよ」
尉官クラス以上はゆったりと食事が摂れるよう、ランチ分を確保されている。だが我々末端の兵員はと言うと、答えは否である。
チビは工具箱から腰を上げて、すみません、と何に対する謝辞か分からないまま叫んで走り出した。そう言えばノッポもメガネも、いつもなら早々と集合するのに今日はハンガーへ来なかった。馬鹿なのは自分ひとりかと、チビは後悔した。


(続かない)

a この世全ての悪

万に一つが起きて欲しくて、その為に吐き気がする程思考を巡らせた。どうやったら彼処にいる奴等を殺して彼女を助けられるのか、始動している空爆を止められるのか、そんな事を考えたことのない頭が酸素を求めて酷く痛んだ。それでも起こらないのだと何処かで諦めなければならなかった時に感じた、断崖で足を滑らせ斜面を滑落した瞬間の、全身総毛立つ恐怖が終わらない。土壁に手足を抉られながら手を掛ける枯れ木もない焦燥が延々と続くのだ。終わってしまった時に感じた喪失感とそれに埋もれた多方向への殺意は、もっと手の打ちようがあっただろう、もっと手の打ちようがある奴がいただろう、後悔と悲嘆と綯い交ぜになったものがあまりにも苦痛であると知っている。苦痛が解決される前に、その事柄は終わってしまった。これではいつまでも苦しいままだ。便利な事に、ヒトの頭はそういうことをいつまでも同じ形で残しておかないように出来ていて、そういうことはいつの間にか変質して無害で美しいものになってしまう。
それは許さない。何故ならあの吐き気も目眩も苛立ちも怒りも憎悪も怨恨も焦燥も絶望も全て、彼女の為に在ったものだ。彼女を喪って尚、無形のそれすらも喪うのはこの世全ての誰よりも己が許容しない。自然の摂理に則ったことだとしても、社会規範に反するとしても、己が護るべきものはその類のものではない。高潔であるが為に腕しか残さずに散った彼女が本当に高潔でありたかったのか、彼女がもしそう思っていなかったのならその手段の行使は早過ぎるもので、そして彼女が何よりも終末を選ぶようなことがあるとは思わない。ならば悪手が折り重なって出来たその過程と最悪の結果を受け入れることは、己の知る彼女への裏切りであり冒涜である。
だから少なくとも表から目につかないようにした。しかし中を知っている人間がいる。その人間がこれを暴く事に興味がない事と信じた。そうすると身体は楽になった。怨みも嫉みも劣等感も、先にあった憧憬に包むのが見た目も整うのだと知ってか知らずか、知らぬ間に綺麗な縫い目で鍵を隠した。
自覚することで正しく変質してしまうのならば、外から触れないように蓋を閉じるのが道理だ。大事な物の代わりを見つけて自然の摂理も社会規範も隣り合っていられるし、蓋が開けばそのままの形で残っている。いくら問いかけてもいくら考えても取り返しのつかない事ならば、大事に抱えておけば腕と違って己が死ぬまでそのままだ。忘れる事も苦い思い出にする事も、彼女がいない現在を許す事も、その一切を心から許容することを拒絶する。
例え全てが過ぎ去ったことだとしても。
例えそうすることがこの身の内の悪だとしても。

Gunslinger/モブ(+ヴォルフ)

女の扱いと銃の扱いは良く似ている。丁寧に整備して気を遣い、己のように思ってやらないと臍を曲げる。定期的、小まめなコミュニケーションをしないと関係はすぐ駄目になる。人間と物、全く違うものなのに何故そうも同じ扱いになるのかを聞かれたことがある。どうしてかは実際のところ良く分かっていなかったが、女には愛情を会話として、銃には愛情を手入れとしてやることがきっと同義なんだろうと思えた。逆に言えば、銃へ粗雑な扱いをしている奴は女にもそうなんだろうとしか見えなかった。泥だらけの銃を引っ提げて戦場へ赴く同僚たちの背中を見て、兵士として、傭兵として生きながらえてきた俺自身の率直な感想だった。今日も今日とて、汚い銃を抱えた男どもが、ボロボロのトラックの中で揺られていた。戦場は地獄だった。経験した者にしか分からない世界だ、硝煙と泥と血に溢れた視界に、叫び声がオーケストラとして指揮を執る。こんなに腐った世界は出来るならば見たくもなかったが、もうそこでしか生きられないようになってしまった身体は、金欲しさに慣れてしまったらしい。今日は何人生き残るのか、腕や足を残したまま帰れるのか、そんなことしか考えなくなった。全ては金のためだと思ったらどうでも良くなったのかもしれない。家で待つ女に会いたい、初めはそう思ってさえいたが、過去の話だった。今は胸に抱えた銃だけが俺の全てになっていた。
すし詰め状態のトラックは、汗臭さでいっぱいになっていた。初戦なのか緊張した面持ちの若い傭兵や、前の戦いで見た顔の古参兵がひしめき合っていた。俺は堅苦しさの息抜きのように、肩を少し回した。くたくたになった野戦服は何度着てもまだ苦しかった。隣にいた傭兵の肩に少しだけ腕が当たったが、悪い、と小さく謝辞を示すように手を振った。そのとき視界に入ったものは、普段見慣れた対物狙撃銃と何ら変わらない構造をしていたが、黒く美しい鉛の色に一瞬目を奪われた。久々にこんなに丁寧に整備された銃を見た。クラップ寸前の銃器で溢れた戦場には似つかわしくないそいつを見て、正直驚いたものだった。盗み見るようにして持ち主へと視線を移した。幌に身を預けるようにして目を閉じた男は、見たことのない面だった。頬に傷があり、目鼻立ちがはっきりした黒髪の男だーーいや黒髪ではない、うっすらと青みがかった短髪だ。珍しい毛色だった。ぱっと見てもどこの人間か分からない雰囲気の持ち主だった。目を瞑ったまま男は眠っているかの如く黙り込んでいたが、こちらの視線に気付いたのか、切れ長の瞳を向けてきた。
「…何か用か」
唸り声にも近い低音は外見を裏切らないものだった。俺はいや、凝視して悪かった、と今度こそ言葉にして男の持つ銃器を指差した。
「えらく綺麗にしてんなと思ってな。大切にしてるんだな」
様々な戦場を渡り歩く傭兵は、配給物として弾薬や銃器を会社から貰うことがあった。故に使い捨てのように取っ換え引っ換えする者も多く、インフレ化した膨大な銃器を手にする機会が増えていた。汚い銃を持っていたとしても、次のがある。そう考えてきちんと整備しない傭兵は数知れない。俺が口にした言葉を飲み込んだか否かは分からなかったが、男は股座に抱えた対物狙撃銃のマズルブレーキを撫でた。
「金なる木を枯らしたら明日食う飯もないだろうが」
ごもっともな言葉だったが、今時の傭兵にしては珍しい言い分だ。事実、銃の扱いがこれだけ丁重な奴はそういないのだ。己の抱えた小口径自動小銃は、男の持つ対物狙撃銃に比べたら随分と煤けて見えた。女の扱いを考えてみて、小さな溜息をつきたくなった。家に帰らない男は、戦場でしか生きられなくなった。だが戦場の「女」はこんなにも汚れてしまっている、馬鹿げていてナンセンスな話だった。
男の言葉を受け止めているうちに、トラックはガタガタと揺れ始め、舗装もままならない道に入っていったようだった。今回の任務、前線は森林を抜けた湿地帯近くだと聞いていた。今ようやく前線基地から外れた森林地帯へと突入したのだろう。破れた幌の隙間から、夕焼け空の色に染まった針葉樹の端々が見えた。
「その銃で生き残れるといいな」
聞こえてきた台詞に、男を少しだけ見上げた。感情が全く見えないスレートグレーの目が、俺の小銃に注がれていた。
「俺は前線慣れしてるぜ?」
「そういうわけで言ったんじゃねえよ」
男はそう言うと、自分の狙撃銃をぱしんと叩いた。
「自分の命預けるものをお粗末な状態にするんじゃねえよってことだよ」
まあ、お前はまだマシってところだけどな。男はそう小さく笑って、それこそ酷薄な雰囲気のまま周りを見渡した。
「すぐに地獄の蓋が開くだろうからな」
俺は男の言葉に返す言葉も無く、ただ黙った。そうだ、分かっている。例え俺が歴戦を超えてきた手練であったとしても、明日は我が身ということだ。戦場は、地獄でしかない。生き残った者が強者であるのかどうかですら分からない、永遠に終わることのない極悪の具体化なのだ。
がたがたと悪路を進む。草臥れた旧型トラックに乗せられた男達の持つ銃身が、幌の隙間から入れ込む夕陽に鈍く光る。彼らは今日を乗り越えられるのだろうか。自らの命を賭す武器を胸にして。
揺れは治まり、目的地に到着したようだ。砲撃の音と火薬の臭いが鼻につく。我先にと荷台から降りていく兵士達を眺めた後、挨拶も無く自分よりも先に出ていったあの男の狙撃銃を垣間見た。美しく、艶めかしさすら覚える銃だった。彼はきっと、生き残るだろう。そんな一抹の不明瞭な確信を持ちつつ、俺は荷台から飛び降りた。泥濘から跳ねた泥水が、銃のバレルへとびちゃりと着いた。

いつもの癖/桐仁×ヨダカ(+チビ桐哉)

習慣と呼べるようになってしまったのも怖い話だった。息子の下の世話から任務のサポートまでしていた副官のヨダカが、俺の情事の相手までしているという事実が、だ。
昔はこんなこともなかった、ジリアとヨダカと俺の三人でぐうたらと酒を飲みながら馬鹿騒ぎしたり、ピザを食いながらくだらないB級映画を観たり、たとえジリアがいなくなった後でもその関係は続いたが、ルーティンとしてセックスが共通理解となったのは最近のことだった。何が発端だったのか、考えてみればジリアの死があったのだろうというのが物事を簡潔に見せてくれる最適な答えだった。ヨダカを抱いて、何が何だか分からない状態まで犯して、それでもあいつは嫌がる素振りは見せなかった。本当に嫌気が差したのなら何も言わずに去るだろう。そういう男だった。
ヨダカが求めていた安寧を、身体を通じてでも与えてやれたのは俺の中でもジリアに対する弔いのようにも感じていた。…まさかこんな形で治まるとは夢にも思わなかったが。
煙草を吸いながら、いつもと同じように広いソファに身体を埋める。リモコンを操作して大型テレビの液晶をつけた。昨日途中まで見ていたラブロマンスの映画が一時停止されていた。あまりにつまらないが結局オチまで見ていない。うたた寝を始めた幼い桐哉を膝に乗せたまま、再生ボタンを押した。
「何だ、続き観るのか?」
食器を洗い終えたらしいヨダカが背後から声をかけてきた。ああ、と適当に相槌を打つ。
「この男女の行く末を見守ってやる」
「結末はパターン化された普通のものだろうさ」
ヨダカは言いながらソファの横に座ってきた。ローテーブルに二人分の瓶ビールを置いて、簡単なつまみを用意してきたらしい。テーブル上にあるそれらを見つめて、小さく笑った。
「用意周到だな」
「いつもと変わらないだろ」
「俺なら用意しない」
「お前は用意されていることに感謝しろ?」
ぶつくさと訴えるヨダカに肩を揺らした。ジリアがいた頃から、映画を見る際には必ずこの男は食い物やら何やらを準備していた。変わらない。本当に変わらない。笑いつつ煙草を片手に、ヨダカの頭をぱしんと軽く叩いた。丁度その時、劇中の男女のラブシーンが始まった。ヨダカが咳払いをする。俺はにやりと笑って、ヨダカの項を少しだけ撫でた。
「やってやろうか」
「映画!観るんだろ!」
「でかい声出すな桐哉が起きる」
ヨダカのあからさまな態度を眺めて腹の底から笑いたかった。幼い桐哉がすやすやと眠る中、ありきたりなラブシーンをぼんやりと眺めていた。
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一緒にいた影響/桐仁+千寿

熱砂が連なる広大な視界はどこを見ても遮蔽物がない。こんな砂漠地帯をのこのことやってくる馬鹿者がいるとすれば、クライアントに余程金を積まれた阿呆な死にたがりか、斥候の存在を知らない戦場かぶれか、まあどちらかだった。砂漠地帯へと足を踏み入れる直前にあった小高い丘陵地帯、鬱蒼と生い茂った木々に囲まれた小さな窪みを塒にして、リークインフォに従って短期決戦に臨んだ。極々小さな殺しだ、成功報酬も大したものではないが、目標の殺害が成功した暁には長期休暇に入る予定だった。浮き足立つことはないが、戦線を転々としていた身には染みるものがあった。この緊急狙撃任務がなければ本部に即時帰投出来たものの、突然入った仕事に嫌気は差す。照準鏡を四六時中眺めている俺の隣で敵影を探している山花もそうだろう。追加任務を告げたときの顔に若干の変化をきたしたのを覚えている。無駄口を叩かない割に案外顔に出やすい彼女でも、帰投の延期は勘に障ったのかもしれない。
握把を握っていた手を開いて、伏射姿勢から身体を起こす。煙草休憩を挟むことにした。クソみたいな熱波で疲れがきている上、目標の予想到着時刻までまだ余裕があった。
「暑さでどうにかなりそうだな」
煙草を出しながら火をつけ、話しかけると、山花は双眼鏡を外してこちらに視線をやってきた。
「汗が止まらないですね」
「ああ。とっとと風呂に入りたい」
すう、と一息吸い込んだ煙が白く霧散する。狙撃位置での喫煙はご法度だと言われるが、煙草を吸っていないと照準がぶれる。まさに安定剤のようなものだ。これだけ暑ければ蜃気楼のせいで向こうからこちらも視認出来ないだろう。山花は俺の様子を見て小さく笑うと、再度双眼鏡を構えた。
「何だ、吸わないのか」
煙を吐くついでのように出た言葉に、山花は忙しなく再度こちらに視線をやった。彼女が煙草を嗜む程度に吸うことぐらい知っていた。山花は微かながら、少しだけ眉を顰める。
「切らしたんです」
「任務中に最悪だな。吸い過ぎたか」
「いえ、泥濘で汚れてしまって」
匍匐の際に、と山花が続けた。ついていない奴だ。もし彼女の立場ならいらいらして任務どころではなくなるだろう。俺は山花に少し同情しながら、煙草を咥えながら新しい一本をパッケージから出した。片足をついたままの彼女に差し出す。
「吸っていいぞ」
山花は差し出された煙草と俺の顔を見て、謝辞を言葉にして受け取った。ライターを探すようにポケットをまさぐっている姿に苦笑して、自分のジッポの火をつけた。
「ライターも無くしたか」
「…すみません」
一息吸いながら山花が咥えた煙草に灯火が宿る。タールとニコチンはまるで違うだろうが、彼女は噎せることもなく俺のやった煙草を吸い始めた。珍しい光景だった。大概俺の煙草をやると噎せる人間ばかりだからだ。ガルエラぐらいしかまともに吸えなかったのではないのだろうか。吸えたのか、とにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。山花は俯く。
「肺には入れられないですけど」
「葉巻だからな。入れるもんじゃないな」
でも、と山花は続けた。
「…慣れました」
匂いにか、吸い方にかは不明だが、少し微笑んだ山花は片腕を腰に当てて立派に白煙を吐き出した。その様子に肩を竦ませた。妙な成長ぶりだ。ヨダカに見つかったらどやされるな、と思いながら死にかけの短い煙草を乾いた大地に押し付けた。
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