放課後のプトレマイオス学園高等部生徒会室。
だが、いつもと少し雰囲気が違う。
「よし、準備はいいな…って、刹那、ガンプラは置いて行けっ!!」
「嫌だ!!俺はこれがないと…これがないと…」
「ちょ、ティエリア、刹那、落ち着け!!」
荷物の最終チェックに追われる姿はさながら、遠足前の小学生達のようで。
「貴様等、遠足気分でいられては…」
「あっ、お菓子っていくらまで?」
「人の話しを聞けーっ!!」
釘を刺そうとした矢先、口を開いたのはもちろんライルで、会長様のお怒りに触れたのは言うまでもない。
そんな二人を横目に見ながら、ハレルヤは小さな溜息をついた。
*
暖かな陽射しの差し込む空中庭園。
トレミー女学院とプトレマイオス学園を繋ぐ渡り橋の上に作られている小さな温室は普段は閉め切られている。
唯一、開くのは両校合同生徒会会議の時だけであろう。
合同会議と言っても大半はティーパーティーになるのだが。
「刹那ーっ!!」
「来るなーっ!!」
うふふあはは、なんて可愛い追いかけっこではなく、命懸けの追いかけっこを繰り広げる刹那とネーナ。
それを楽しそうに眺めるのはトレミー女学院の会長であるマリナ。
「あのっ!!」
「なんだ?」
「噂で聞いたんですけど、アーデさんは…、本当にサイボーグ何ですかっ!!?」
「………」
キラキラと目を輝かせて爆弾発言を投下するミレイナとそれに小さく笑ったティエリア。
(…ティエリアが笑った!!?)
普段笑わないカタブツを横目に見ながら、ニールは口に運ぼうとした菓子を落とす。
「あの…、落としましたよ?」
「…えっ、あぁ、ありがと」
そう言って、落ちた菓子を戻して新しい菓子をニールに差し出すのはフェルト。
アレルヤはと言えば、幼なじみであるマリーと二人の世界を作り出し、ライルは例の如くナンパ。
大抵は軽く流されるライルだが、声をかけた女性…アニューは柔らかく微笑んで、面白い人、とライルを見た。
(…春、到来か、)
先程までの真面目な会議からは打って変わった花が咲いたような光景。
会議の内容は年に一回の文化祭の事についてで、唯一、トレミー女学院とプトレマイオス学園の交流がある行事だ。
いつものプトレマイオス学園の生徒会室では考えられない今の様子。しかし、自分もそれに便乗しているに過ぎなかった。
「…おい」
温室の1番隅の木に腰を下ろしながら紅茶を飲む少女に話しかける。
「何だ?」
「いや、その…お前も生徒会だったんだな」
目の前の少女…ソーマにそう言ってやれば、彼女はいつもの微笑みではなく、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「…何の話しだ?」
「は…っ?」
「私は貴様と面識がないと思うが…」
えっ、ちょ、待てよ、ずいぶんと立派なフラグが立っていたじゃないか、なんて思ってみても目の前の少女からはそのような雰囲気は微塵も感じられない。
「…少し、来てもらおうか、」
そう言ってソーマは立ち上がり、ハレルヤを温室の奥へと誘った。
*
「おい、待てよっ!!」
カツカツ、とソーマのヒールの音だけが反響していた中でハレルヤが声を上げる。
「お前は…っ!!?」
いきなり、口許に人差し指を当てられ、たかと思えば、口の中に柔らかい感触が溶けた。たぶん、口の中に溶けたそれはマシュマロか何かだろう。白く細い指が唇から離れるのを見て、少しドキッとした。
まったく、とわざとらしくソーマは溜息を吐くと、蔦の絡まった白い椅子に腰を下ろした。
「あの場であんな風に話しをしていたらばれるだろうが」
「…えっ?」
話が見えないんですけど、と言ってやれば、くすり、と笑ってソーマは温室一の大樹を見上げた。
「私はお前の知っているソーマ・ピーリスだ」
そう言ってソーマは微笑みをハレルヤに向けた。
その優しい、けれど悪戯っぽい笑顔にハレルヤも自然と頬が緩む。
「…何だよ、はじめから言いやがれってんだよ、」
「仕方ないだろ。私とそちらの生徒会一の不良が話していては怪しまれる」
「生徒会一の不良って…」
「お前の噂はこちらの学校までよく届いているぞ」
にやり、と笑みを浮かべたソーマに対し、必死に否定しようとしても、事実であることは変わりない。
校則違反や器物損壊なんて日常茶飯事。
まさか、自分の不祥事が相手に知られているなんて思いもよらず、どうしたものか、とハレルヤは深い溜息を零した。
「…まぁ、気にしていないがな」
「えっ、」
「お前が何であれ、私には関係ない事だから」
今、目の前にあるそれだけが私の事実なのだから。
そう言った彼女は今までの中で1番凛々しい顔をしていたかもしれない。
「…そろそろ戻ろうか」
「あぁ、」
もうすぐ休憩時間も終わるだろう、と言ってソーマが席を立った時だった。
もともと、老朽化が進んでいたと思われる椅子はぐらりと傾き、ソーマごと倒れそうになる。
「ソーマっ!!」
彼女の名を呼んで、後ろから抱きしめるような形で受け止める。
「…大丈夫か?」
「あ、あぁ、」
自分の腕の中にすっぽり収まるソーマ。
今まで会ってはいたものの、直に触れたことはなかったな、なんて思っていた時だった。
「ハ、ハレルヤ…」
「何だ?」
「その…そろそろ、」
「…あっ、」
悪い!!と言って彼女を離せば、いや、別に、とぎこちない返事が返ってくる。
俺は今、何してたんだ?えーっと、ソーマを助けようとして、抱き着いて…ん?抱き着く?抱き着く…ハグ!!?ハグしちまったのかっ?!
あぁーっ!!と一人で葛藤しているハレルヤを横目にソーマはまた、くすり、と笑う。
抱きしめていた時は何とも思わなかったのに、いざ自覚させられると、心臓が故障したかのように速くなる。
(…何なんだよっ!!)
まるで自分のものじゃないようなくらい過剰反応を示す身体。
生まれてこの方、こんな事は一回もないハレルヤには理解不能だった。
「…ハレルヤ?」
ソーマに背を向けてしゃがみ込んでいるハレルヤにそっと触れれば、大丈夫だ!!と大袈裟にバックステップを繰り出すハレルヤ。
「な、ならいいが…」
いい加減戻るぞ、と長い銀色の髪を靡かせるソーマ。
「…おい、」
そう言って呼び止めて、ゆっくりと距離を縮める。
「なん…」
振り向いた瞬間に彼女の頬に手を添えてやれば、驚いたのかギュッと目を暝る。
「…葉っぱ」
「えっ?」
「また、付いてたぞ」
お気に入りの髪飾りか?なんて茶化すようにソーマの髪に付いていた葉を見せてやれば、彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「う、うるさいっ!!」
「んな怒んなよ」
かわいい顔が台なしだぜ?なんて言ってソーマの頭を撫でれば、うっ、と小さく唸る彼女。
我ながらよくライルのようなくさい事を言えたもんだ、なんて思うが、実際に可愛いのだから仕方がない。
「さぁてと、戻るか」
そう言って、彼女の横を通り過ぎようとすれば、急に腕を捕まれたかと思うと、細い腕が自分の首に回されていることに気付いた。
「お、おいっ!!?」
慌て振り向こうとしても、顔を正面に戻されてしまい、彼女の顔色を伺うことはできない。
「…もう少し、」
「えっ?」
「もう少し…、こうして、たい、」
段々と小さくなっていくけど、ハッキリとした主張にハレルヤは耳を疑った。
しかし、どうやら都合のいい幻聴ではないようだった。
(…俺の負けだな)
結局、いつも一本取られちまう、なんて思いつつも、ハレルヤは承諾してしまった。
ばれたらどうしようか、なんてハレルヤの心配はまったくもって関係なく、生徒会の面々は二人の存在など無視して会議を再開していた。
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