あまりに周りとかけ離れたアルフレッドの格好を、パリ市民は若干遠巻きに眺めた。
アルフレッドの国では普通だったラフな格好は、こちらではどこでも目にしないものだ。

物珍しそうな視線にうんざりしだした頃、ようやく住宅地を抜けた。


「Wow!これがパリか!」

歓声を上げずにいられなかったのは、その街並みがあまりに美しかったから……などではなく、すぐにカフェらしい建物を発見したからである。
実際、そのカフェは飾ってある花から何から大変趣味の良い外観をしていたのだが、アルフレッドはその何一つにも興味はなかった。
漂ってくる菓子の香りはひどく食欲をそそるもので、その点は十分アルフレッドを満足させたが。

「でも、フランスではこんな時間までカフェが開いてるのかい?
店じまいするところだなんて言わないでくれよ!
そうしたら俺は明日の朝には空腹で死んじゃうね」

ごく小声でそんなことを呟きながら店に近寄る。
看板には、流れるような文字で店の名前があったが、ちょうどランプが切れているのか暗くて読めなかった。


カーテンの引かれたガラス張りの側面に隙間を見つけ店内を覗き込むと、残念なことに売り物は全て片付けられたあとだった。
よく見ると扉には看板と同じ筆跡でCLOSEと書かれた板が下がっている。

「ジーザス……」


ようやくたどり着いた食料であるだけに、気落ち具合も大きかった。
これ以上探す気力も途絶えたとばかりに、アルフレッドはその場に腰を下ろした。

今なら、アーサーのスコーンだって文句を言わずに食べるよと、もう一度言おうとして気づいた。
この店からさっきから漏れている香りは、スコーンだ。

それもアーサーが作ってくれるのに、どことなく似た。


「あ、……」

アーサー、ごめん。
もう俺帰りたくなった……。


まだ照明のついた店内を、目を凝らして見る。
まだ焼いているなら、上がり込んで食べさせてもらうぞとかいう考えはすっかりたち消えていた。

誰が、どんな人が作っているのだろう。

それがアーサーであったら、こんな思いもしないところで再会できたら良いのにとか考えてしまい、半ば自分に呆れた。
こんなにすぐに兄が恋しくなってしまった自分は、多分決心が緩かったのだ。

というより、何の決心をして出てきたというのだろう。
アーサーに邪魔がられるのが恐くて、でもいざ彼の目の届かないところへ来ると今度は寂しくなる。
全く、自分勝手なものだ。



「ん?でも店を閉めたのに、何でまだお菓子を焼いてるんだろう」

もう一度店に意識を戻して、今まで目に入らなかったものに気づいた。

女の子が一人、カウンター席に座っている。
アルフレッドからは横顔しか見えない角度だったが、これまで見たこともないくらい、綺麗な女性だ。

息が止まった。

その瞬間、彼女が、奥にいる誰かに向けた笑顔はあまりにも……

愛しいものだったから。


「な……んだい、あれ」


実際のところ、天使と呼んでもどの神も罰当たりと怒るどころか、喜んで愛でそうな、素晴らしく愛らしい容貌をしていた。

つんと尖った鼻は整った顔の中心に上品にすましており、唇は薔薇のように小さくて可憐、頬は今流行っているふっくらしたものとは違ったが、彼女を不思議な魅力に光らせていた。

それで、瞳の色はアーサーと同じ奥行きのある黄緑色、
アーサーより明るいレモン色の髪は頭の上の方で二つくくりにしてあった。


冷静に観察しながらも、アルフレッドの頬はみるみる間に熱くなっていった。
アーサーの心ない言葉を聞いた時とは違う、こそばゆいばかりの火照りと動悸。


彼女はアルフレッドには気づかなかったが、確かにこの偶然をきっかけに運命は動き出した。
これが二人の物語が始まった瞬間だった。


2010/04/12
23:59



早くもめんどくさくなって参りました(ノ∀`)あたー