ツイッターのアンケートで同率一位だったので書きました。
「まるで泥棒ね」がお題で、ライシスメインのお話です。
ライシスメイン、という時点で嫌な予感がするかたは正解です。
・直接的な表現はありませんが何処かエロティックな雰囲気
・恋愛感情のない相手とのそういう行為を想像させる内容
・ラストはヘイルとのBL的雰囲気を匂わせる内容
……となっていますので、苦手な方は見ずにお戻りくださいまし。
ライシスはこう言う性格の子です。
本当の愛情を知らないから、というのが理由ではありますが…どうにもクズいです、はい。
でも割りとこういうキャラも好きな私なのでした(^q^)
そんなわけで、追記からお話です!
淡い月明かりが降り注ぐ。
薄いレースのカーテン越しに見えるそれを見つめ、鮮やかな紫の瞳を細めた。
冬の冷たい空気に磨きあげられた月は白々とした光を地上に落としている。
昨夜から降り続いた真白な雪はそれを反射して、きめの細かいグラニュー糖のように見えた。
「何を見ているの?」
不意にそんな声が聞こえた。
それと同時に、するりと後ろから抱きつかれる。
色白な、細い腕。
背中に当たっているのはきっと、柔かな胸で。
甘い香りがふわりと、漂ってきた。
それを感じながら微笑んで、少年……ライシスは言った。
「月を見ていたのです。
ほら、とても美しいですよ」
ライシスはそういいながら、カーテンを開いて、自分に抱きついている女性に月を見せる。
そのまばゆさに一瞬目を細めた後、彼女は言った。
「本当ね」
短い返答。
それを聞いて、ライシスはくすりと笑う。
自分に抱きついたままの彼女の茶の髪を柔らかく漉いて、言う。
「気持ちの入らない反応ですねぇ」
綺麗と思いませんか?
柔かな声でそう問いかけるライシス。
彼女はそれを聞くと少し迷うように視線を揺らして、答えた。
「綺麗だとは思うわ。でも……」
そこで一度、彼女は言葉を切る。
急に黙りこんだ彼女にライシスが少し怪訝そうな顔をした、その刹那。
不意に、彼女は彼の体を引っ張り、ベッドに押し倒した。
ぎしりと軋む、スプリング。
彼女はそのままライシスの上に跨がって、その紫の瞳を覗き込む。
驚いたように瞬いているそれを見つめて、彼女は言った。
「月を見ていたい気持ちではないの」
そういいながら彼女はするっと彼の頬から首筋に、指を滑らせる。
彼女の行動に目を丸くした後、ライシスはふわりと微笑んだ。
そしてそのまま、彼女の頬に触れ、悪戯っぽい口調で問いかける。
「月に嫉妬ですか?」
彼の問いかけに彼女はくっと唇を噛む。
それから諦めたように溜め息を吐いて、言った。
「嫉妬する女は嫌い?」
首をかしげ、そう問いかける彼女。
髪の色と同じ茶色の瞳がじっと、ライシスを見下ろしている。
色白な肌に浮かぶそばかすが目立つが、それでも可愛らしい顔だと、そう思う。
悲しそうな、寂しそうな顔の演技が上手くなったものだ。
そう思いながらライシスは目を細め、此方も演技で返す。
「いいえ、嫌いではありませんよ」
とても愛らしい。
そういいながらライシスは、そっと彼女を抱き寄せた。
緩く腰を撫でれば甘い吐息が漏れる。
まるで楽器を演奏しているような気分になるな、などと思いながらライシスは彼女の体を抱き寄せた。
甘い言葉を紡ぎ、甘く鳴き声を漏らすその唇を塞ぐ。
ライシスはそのまま、そっと目を閉じた。
***
「まるで泥棒ね」
行為後の気だるさに酔いながらベッドに沈んでいたライシスの耳に、そんな言葉が聞こえた。
隣に寝ていた女の声。
ライシスは彼女の方へ視線を投げる。
「泥棒?」
「えぇ、貴方が」
彼女はそういいながらふっと息を吐く。
ライシスは不思議そうに首をかしげた。
「私が、ですか」
こくり、と彼女は肯定を示す。
そして呟くような声で、言った。
「えぇそうよ。とびきり有能で、とびきり酷い泥棒。
しっかり鍵をかけていたのに、その鍵を壊して、なかに入ってきて、大切なものを奪って消えていく、泥棒」
そういいながら彼女は、ライシスの胸に触れた。
まだ裸のままの彼の胸。
色の白いその胸には、見たことのない紋章が刻まれている。
刺青か、と初めてこうしたことをしたときに問うたのを覚えている。
結局彼は、一度もその問いかけに答えなかった。
そう思いながら彼女は茶色の瞳を細めた。
くすり、とライシスは笑う。
「酷い言いぐさですねぇ」
「事実でしょう?」
そういいながら、彼女はじっと彼を見つめる。
去っていくのでしょう?
そう問いかける彼女に、ライシスは答えずに、ただただ笑っていた。
「……本当に酷い人ね」
そう呟いて、彼女は視線を伏せた。
初めて彼と出会ったのは、数週間前。
仕事を終えて帰ってきた彼女に、いきなり彼が声をかけてきたのだ。
ナンパだと、すぐにわかった。
だから彼女はすげなく彼を追い返した。
しかし次の日も、また次の日も、彼は懲りずに声をかけてきたのだった。
恋人にしてくれとは言わない。
ただ、悲しそうな、寂しそうな貴女の笑顔を見たいのだ。
そんな映画のなかでしか聞かないような台詞を、彼は吐いたのだ。
悲しそうな、顔。
それを聞いて彼女は、思わず足を止めた。
彼女は少し前に、恋人と別れたばかりだった。
付き合っていた男は、他の女に心を奪われ、彼女に別れを告げたのだ。
思い返せばあの男も、彼と同じようにナンパをして来たのだった。
だから一層彼の……ライシスのことは、拒絶したかったのに。
彼は優しく、甘く、彼女を誘った。
恋人にしなくてもよい。
ただその寂しさを埋めるだけだ。
そんな彼の甘言に、彼女は騙されたふりをした。
彼はこの家に通ってきては、甘い言葉をくれた。
コンプレックスであったそばかすだらけの頬もかわいいと、彼はいってくれた。
甘い快楽と言葉とを与えてくれる少年は、寂しい彼女にとっては天使のようであり悪魔のようであった。
しかしそんな関係も、今夜で終わり。
そんなことを彼女は、直感していた。
狡い、男だ。
拒絶する彼女の心を開いて、こうして入り込んでおきながら、離れようとしているのだから。
だから彼女は言ったのだ。
泥棒のようだ、と。
ライシスはそれを肯定も否定もせず、ましてや怒りもしなかった。
ただただ微笑んでいるばかりなのだ。
そればかりか、彼は言った。
「しかしその泥棒を受け入れてしまったのは貴女ですよ」
そういいながら、彼は彼女の額に、唇に、口づけた。
それを甘んじて受けながら、彼女は思う。
嗚呼、そうだ。
確かに彼は狡いけれど、それを受け入れてしまったのは自分だ。
だって彼はいっていた。
"恋人になれとはいわない"と。
それはつまり、彼女が絆されても、彼女を恋人にする気はない、ということで。
―― 思えば一度も、彼は"愛してる"などとは言わなかった。
その点、もしかしたら彼は誠実なのかもしれない。
そんなことを考えながら、彼女は目を閉じたのだった。
***
夜が明ける前に、彼は彼女の家を出た。
彼女から預かっていた合鍵も、ベッドサイドのテーブルに返して。
ふっと息を吐き出せば、その呼気は白く凍って、空に昇る。
さくり、と雪を踏んだところで、不意に背後で声が聞こえた。
「酷いなぁ、俺の御主人様は」
そんな声にライシスは笑い、振り向く。
その視線の先には、長い紫の髪の青年が立っていた。
酷い、などといいつつ、とても楽しそうに笑いながら。
彼は、ライシスと契約を交わした、悪魔。
鮮やかな金の瞳が、その証だ。
ライシスはそれを見て、笑う。
そしてゆったりと首をかしげて、言った。
「私はあくまでも過程を楽しみたいだけですから。
その事を彼女には伝えていましたし、彼女もそれを受け入れていたはずですよ」
「まぁそうだけどさ」
くす、とその青年……ヘイルは笑う。
でしょう?と言って笑いながら、ライシスはそっと自分の胸に触れた。
「此処に刻まれた紋章が悪魔のものであることを、彼女は知らないのでしょうね」
知っていたらああもペタペタと触れることはしないでしょう。
そういいながら、ライシスは紫の瞳を細めた。
「そうだなぁ……そもそも悪魔と繋がりがあるとわかっていたら……あぁ、でもわからんな」
ヘイルはふっと笑みをこぼして、言う。
「人間ってのはえてして火遊びが好きなもんだ。
悪魔と火遊びはしたくなくても、悪魔と繋がりがある人間とするなら良いって思うかもしれないね」
「ふふ、そうかもしれないですね」
くすくす、とライシスは笑う。
そして軽く伸びをしながら、"ねえヘイル"と、自分と契約を交わした悪魔を呼んだ。
「私は、悪魔との火遊びも好きですよ」
そんな彼の言葉に、ヘイルは大きく目を見開く。
それから、苦笑を漏らして、肩を竦めた。
「とんでもない人間と契約してしまったかな、俺は」
「今更でしょう?」
そういって悪戯っぽく笑う、ライシス。
それを見て、ヘイルは紫の瞳を細める。
―― こうやって笑う姿は、年相応なんだけどね。
ただ、とる行動が年齢不相応だ。
もっとも、それが気に入ったのだけれど。
そう思いながら、悪魔は笑うのだ。
「ま、それはそうだね。宿をとるとしようか?」
明日は仕事休みだろう?
そういって笑うヘイル。
ライシスはその言葉に、満足げに笑ったのだった。
―― 与えるもの、奪うもの ――
(甘い時間をあげましょう。
甘い言葉をあげましょう)
(代わりに奪われるのは、正常な思考と清浄な心。
本当に貴方は、狡い人)