2008年9月4日 00:22
六は23題《6.小道具・中》<文,伊> (キサキ)
こちらのサイト様から素敵なお題をお借りしました。
登場キャラ:文次郎+伊作。
上と下で分けるつもりだったのに、気付いたら上中下の三部構成になってました。
話題は留さんのことなのに、当の本人は一切出てきてません。
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6.小道具・中
「なるほど。それで僕のところへ来たわけだ」
「事情が分からんことにはどうにもならん」
外も暗くなりはじめた頃。俺は伊作の部屋を訪れていた。
留三郎の姿はない。おそらく暫くは帰ってこないだろう、と伊作が言っていた。
「どうしようかなぁ。君に話すと、留さんと共有する秘密がひとつ減ってしまうことになるんだけれど」
「いいからさっさと言え」
「……それが人にものを頼む態度?」
あぁ、何だろう。顔は普段通りの表情をしているのに、こいつは今明らかに不機嫌だ。やはり、留三郎の大切な仕事道具とやらを壊してしまったらしいことが原因なのだろうか。
善法寺伊作という人間は、食満留三郎のこととなると途端に口煩くなるのだ。
まぁいいや、このままでいいわけはないし、と伊作は渋々といった様子で口を開いた。
「昔、留が慕っていた先輩がいたのは知ってる?」
「あぁ、そういえばいたな。用具の先輩だったか?」
「そう。委員長だったんだよね、その人」
それなら覚えている。
留三郎とは昔からの仲だ。どういう性格をしているのかも、伊作ほどではないにしても、それなりに理解しているつもりだ。
だからこそ、意外だった。あの留三郎があんなにも素直に尊敬や憧れの念を抱く先輩がいるなど。あれは、己と同じで上級生相手に対抗意識を燃やすタイプだと思っていたのだが。
確かに自分にだってそう思う先輩がいるにはいたが、あんなにも素直にその感情を認めはしなかった。あぁ、これもつまりは対抗意識からなのだろう。
「じゃぁ、その先輩がどうなったかは?」
「どうなったか?」
どういう意味だ、と問うと、そのままの意味だよ、と返された。
しかし、分からない。
「じゃぁ聞き方を変える。その先輩は無事忍者になれましたか?」
「あ、」
そういえば、昨年の卒業生の中に、その先輩の姿はなかったように思う。しかし、記憶は曖昧だ。もともと、留三郎が珍しく尊敬している先輩がいた、という認識でしか、彼のことを知ってはいなかった。
あの先輩はどうなったのだっけ。
「確か……実習中に負った怪我が原因だかで学園を去ったんだったか?」
「そう。表向きはね」
「表向き?」
「それが真実ではないってこと」
それから、伊作は一呼吸置く。
「あの木槌はね、彼の形見なんだよ」
「形見?」
それは、つまり。
「実習中に負傷だなんて真っ赤な嘘ってこと」
本当は、もうこの世のどこにも彼は存在しない。
伊作の言葉になるほど、と頷く。つまり、学園側は自分たちに嘘をついていたのだ。しかし、それが悪意のある嘘ではないことは、勿論分かる。おそらくは、自分たちにショックを与えないためについた嘘だ。
知らないわけではなかった。経験ならある。自分たちの級友が同じようにして命を落としたときに、学園はこれと同じ処置を施したのだから。
そして、どうしても隠しきれない場合にのみ、公表する。
「僕は保健委員でたまたま運ばれてきた彼を見たから知ってた。留は彼と同じ委員会に所属してたし、もう五年生だからいいだろうってことで先生から聞いたみたい」
「なるほどな」
そして俺は、その先輩の形見である木槌を壊してしまった、というわけだ。
随分と厄介な。
「まぁ、留さんもね、分かっているんだよ。別に文次郎がわざと壊したんじゃないってことくらい」
だからこそ、捌け口がない。大切な形見を砕かれた悲しみも、怒りも。内包するしかないのだと。だから今留三郎は必死に自分の中でそれらを消化しようとしているのだろう、と伊作は言う。確かにいつもの留三郎が相手なら、自分たちは既に取っ組み合いの喧嘩をしていたはずだ。しかし、わざとじゃない以上、留三郎は怒るに怒れないのだろう。
いや、怒りよりも勝るものがある所為、か。
「そんなわけで文次郎。君に頼みがあるんだけれど」
「頼み?」
と、急に伊作は改まって言う。
まさか昼間の後輩たちのようにこいつまで俺に留三郎に謝れと言うつもりか、と一瞬身構えたが、しかし今の話の流れから、例え俺が留三郎に謝ったところでどうにかなる問題でないことは分かっているはずだと思い直す。そもそも、謝罪の言葉など何の意味も為さないのは、昼間で既に分かっていることだ。
俺は伊作の次の言葉を待つことにした。
そうして。
彼が口にしたのは、全く予想外の言葉であった。
「喧嘩してきてくれない?留さんと」
「は?」
普段の伊作からはとても考えられない発言に、一瞬意図を計りかねて顔をしかめる。
しかし、先の話の流れを思い出して、すぐに合点がいった。
……あぁ、なるほど。つまりこいつは、自分に留三郎の捌け口になれ、と言っているのだ。喧嘩でもして殴り合えば、少しは気も楽になるだろう、と。
「おい、保健委員長がそんなことを言っていいのか?」
「あぁ、別に一方的に留さんに殴られてくれてもいいんだけれど?」
「アホか!」
からかい気味に言う伊作にそう吐き捨てて、俺は立ち上がる。もう用は済んだのだし長居する必要もない、と部屋を出ようと戸に手を掛けると、今度は真面目な声で文次郎、と名を呼ばれた。
「頼むよ。僕には、出来ないことなんだから」
懇願と。そして一抹の悔しさとが混じる声。
俺はその言葉を背中で聞きながら、返事を返すことなく部屋を後にしたのだった。
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文次郎と留だと殴り合って感情を発散出来るだろうけど、伊作と留だと傷の舐め愛……いや、舐め合いにしかならないかな、と。
それが伊作は悔しかったり。でも、自分じゃどうにも出来ないから、文次郎に頼むしかない。
そんな感じです。
と、ここまで考えて、いつか伊作に留さんを殴らせてみたいなぁと思った。
勿論男らしくグーで!
逆に、留の方が伊作を殴れないような気がする。
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