「離婚、すんのかよ。」

金吾は今頃どんな酷い目にあっているのか――。もう時刻は夕刻だったが電気を点ける気にもならず、
呆然と膝を抱えて座る中で、夕日で顔を真っ赤に染め上げられた三之助が俯いたまま私に声をかけた。

「…どうだろうな。」

私はわざとはぐらかした。すると三之助は顔を上げ、私と徐に目を合わせた。四郎兵衛も続いて顔を上げる。

「俺は反対だぜ。いつも痛い目に遭ってるし、嫌いなところもあるけど。たった一人の父さんなんだよ。」

誰よりも痛い思いをしている三之助からの制止に、私は驚くしかなかった。彼のために離婚を決意したのだから。

「僕も、お母さんたちが仲良しじゃないといやなんだなぁ。僕がお母さんを守るから、やめようよ。」

そして、泣き虫で弱虫な四郎兵衛が初めて発した頼もしい言葉に、私は徐々に目頭が熱くなっていくのを感じた。

私は子供たちの成長と自らの浅はかさを目の当たりにして、思わず声を上げて泣いてしまった。
すると二人もつられてわんわんと泣き始めた。ずっと泣きたかった。でも泣けなかった。泣く場所がなかった。
金吾が産まれた頃まで“それ”はあったのだ。しかし”それ”は今では消失してしまっていた。
”それ”はいつしか子供たちの場所になり、”お母さん”になった私には縁のない場所となっていたのだ。

「お母さんはお父さんのことが大好きだ。でもな、おまえたちも大好きなんだ。だから、おまえたちを危険な目に
遇わせるお父さんは、世界でいちばん大嫌いだ。どうしても許せない。もう一緒に暮らしたくないんだ。」

紛れもない本心だ。私の愛する者を傷付ける者は何者であっても許さない。例えそれが私の愛する者であっても。
私は三之助と四郎兵衛を抱き寄せて、きつく抱く。この子たちを守るためなら、どんなことだってしてやれる。

「ごめん。」

瞬間、天井から聞き慣れた声が届く。ぎょっとして上を見上げると、穴からこちらを覗く丸い目と目が合った。
昨日まで穴などなかった。おそらく、あの人がここ数時間の間に屋根裏に侵入して開けたのだろう。

私は暴君の為すことに軽く眩暈を覚えた。昔から私を束縛する節があったが、まさか屋根裏から監視とは。

「ちょっと待ってろ。そっちに行く。」

がさごそという音の暫しの後、一緒に連れて行かれたのであろう、顔と服を汚した金吾が私に駆け寄ってきた。
私はしかと受け止めると、痛がられ嫌がられるのではないかという強さで金吾を抱いた。無事で良かった。
その一言で胸がいっぱいだった。その様子を横で見ていた旦那は、しゃがみ込んで金吾ごと私を抱き締めた。

「滝、私を嫌いにならないで。危険だなんて思ってなかった。みんな楽しんでると思ってた。」

はぁ!?、という言葉が無意識に出た。三之助の口元は引きつり、四郎兵衛と金吾は絶句している。
そりゃあそうだ。こちらは何度も病院送りにさせられているのだ、楽しい訳がないだろう。
しかし旦那は私の上げた声も気にしていないようで、頬を人差し指の先で掻いて、瞼を伏せた。

「子供は風の子だ。」
「はぁ…。」
「いっぱい遊んで、いっぱい笑って、いっぱい怪我をして、いっぱい泣くのがいちばんだ。」
「そうですか…。」

何を言いたいのかさっぱり分からない。けれど無視できないのは、彼が小刻みに震えていたからだった。
こんな彼を私は知らない。いつも強くて、明朗で、細かいことは気にしない、太陽のような人だったから。






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