「なぁ、滝。子供ってすぐに大きくなるよなぁ。」
「えっ。ええ、まあ…。」

突然の質問に面食らいながらも言葉を返す。いったい彼は今どんな顔をしているのかと興味が沸き、
少し屈んで彼の顔を見て、すぐに後悔した。彼は私や金吾に見つからないように静かに泣いていた。

「私はいやだ!三之助をもっと強い男にしてやりたい!四郎兵衛の泣き虫を直してやりたい!
金吾ともっと遊んでやりたい!子供が子供でいられる時間なんてあっという間じゃないか、
仕事であまり家にいない私は、子供たちとも、滝とも、一緒に過ごせる時間がほとんどない!」

半ば叫ぶように早口でそれを告げると、彼は我慢し切れなくなったのか、わあっと大声で泣き出した。

「子供たちと遊んでいても、滝は参加してくれないし!私は五人みんなで思い出を作りたいのに!
でも三之助にバレーボールを当てると滝が飛んできて、怒られても、構って貰えるのが嬉しくてっ、」

途切れ途切れに言葉を紡ぎ、天井を仰いだ彼の顔は、幼児のように涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

ああ、なんだ。寂しいのは私だけではなかったのだ。彼は彼なりに、子供たちのことを考え、
私のことを想ってくれていたのだ。なんて不器用なのだろう。この人は、やはり私が支えないと駄目だ。

つい、くくっ、と笑いが零れてしまい、旦那は顔を下ろして私をじとりと見た。決死の告白を笑われて
良い思いがする人間はいないだろう。機嫌の悪そうな顔をしている彼の頬に、私は軽く口付ける。

「私は、あなたが子供たちと、…私を労わっていないとばかり思っていました。忙しさを言い訳にせずに、
もっと早くに向き合っていれば良かった。考えていることは一緒です、私も皆で楽しく過ごしたい。」

あなたも一緒に、と恭しく付け足して微笑めば、彼は涙腺が壊れたのかと思うほどに号泣しながらも
歯を見せて豪快に笑った。それを合図に、三之助と四郎兵衛は旦那の背中へと抱きついた。

やっぱり、どんなお父さんでもお父さんは唯一の存在なのだ。離婚、などと口にした自身を反省する。
しかし、私の決意も相当に固いものだ。彼の今後によって、二度目の離婚の危機だって充分に有り得る。

「三之助を的にするのはやめてください。アタックは手加減をして下さい。」
「…うん。」
「四郎兵衛を泣き止ますために、高すぎる高い高いはやめて下さい。」
「…うん。」
「金吾との剣道の勝負で、素手で技を受けて、竹刀を折らないで下さい。」
「…うん。」

顔を縦にぶんぶん振って頷いた旦那の頭を、ぽんぽんと軽く叩いて慰める。まるで彼も子供のようだ。
充分に反省しているようだし、きっとこれからは上手くやっていける。久々の"それ"―彼の腕の中―で
そう安堵した矢先、泣いていた旦那がぴたりと泣き止み、子供たちをなぎ払って一気に私に覆いかぶさった。

「滝!久々にいいよな!今から四人目ーーーーー!」
「ぎゃーーー!」
「「うわああん!お母さーん!」」

先刻までの涙や反省は演技だったのではないかと思うほどの豹変っぷりに、私たちは騙された思いだ。
しかしこうなっては逃げられない。私は三之助に目配せして、幼い二人を別室にやるように伝えた。

「……ハァ。しろ、金吾。お母さんは大丈夫だから、こっちこい。」
「でも、お母さんがお父さんに食べられてるよー!」
「僕らがお母さんを助けないとなんだなぁ!」
「だだだ、大丈夫だ!お母さんはお父さんと遊んで…ギャッ!?」
「私と離婚しようだなんて、いい度胸だよなぁ。た・き。」

「いーーーーやーーーーーー!」


* * *


「なんか…俺の代わりに母さんが被害者になっただけっていうか…。やっぱり離婚した方がいいのかもな。」

母がどんな目に合わされたのかは、扉の反対側で行為の一部始終を聞いていた長男のみぞ知るのである。






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