「やあ、きり丸。今日は早いね。」

「せ、先輩!やあ、じゃないっスよ!どーしたんスか!お腹でも痛いんですか!?」


図書室の扉を開けてすぐに僕と目が合ったきり丸は、ぎょっという擬音が聞こえそうなくらいに目を見開いて僕に全力で駆け寄った。本の内容に感動して泣いてしまっていたのだけれど、『どうせ作り話』と物語に入り込むことのない彼からすれば、僕が本を手にしていることと涙を流していることは結び付かないのだろう。彼がそうなってしまった所以を知っている僕は、その彼の年齢不相応さに対する違和感を圧し殺して笑顔で言葉を紡いだ。


「あはは、違うよ。今読んでる本がとっても切ない話でね。主人公の気持ちを考えたらつい泣いてしまったんだ。」

涙を指の腹と袖とで綺麗に拭い、おもむろに本を閉じて表紙を見せてやった。

「なぁんだ、驚かせないで下さいよ。でも不破先輩が悲しい話を読むなんて珍しいっスね?」

するときり丸は胸に手をおいて肩を撫で下ろし、どれどれと表紙を覗いてきた。

「これは悲しいけれど幸せな話なんだ。主人公は失恋するんだけど、好きな人への愛を貫いて自ら死ぬんだ。…あ、」


きり丸は思い切り眉間に皺を寄せた。どんな理由があろうと自ら死ぬだなんて、彼からすれば良い気はしないだろう。自分の無神経さをひどく嫌に思ったと同時、これ以上の下手な説明は彼を傷付けかねないと判断し、もし良かったら読んでみなよ、と僕はきり丸の小さな手に優しく本を置いた。きり丸は些か困惑の色を浮かべていたけれど、拒否することなくそれを受け取ってくれた。さて、果たして。僕はきちんと微笑めていただろうか。


「とても、良い話なんだよ。まだ、理解するのは難しいかも知れないけれど、」


とても不器用なやり方だけど。癒えぬ傷から愛を無意識に拒否している彼が、少しでも身近の愛に気付きますように。失うことを恐れずに愛を欲しますように。そう願いを込めずには居られなかった。






-エムブロ-