サッチとラクヨウの元を離れ、おれは副社長を店の奥の半個室へとエスコートする。何故なら以前ビスタが、ここは周りから見えないからお忍び向きの席だぞ、なんて汚らしく鼻の下を伸ばしていたことを覚えていたからだ。副社長は彼らの姿が見えないことに安堵したようで漸く肩の力を抜いてくれ、促されるまま上座へ座した。それに続き、向かいへ座る。


「副社長、なに飲みます? あとなんか食いたいもんあります?」

「…あ、いや。取り敢えずトリプルだけでいいよい。」


 最近どうにも調子が悪そうだから大方いつもの如くサッチと喧嘩したのだろうと思っていたのだが、どうやらビスタの報告通り、そんな単純な話ではないらしい。普段なら喧嘩中でも先刻のようなシチュエーションでは「おまえの顔なんざ見たくねえ」だの「気分が悪い」だのと罵り合っていたのだ。それが今回は言葉を交わさないどころか目も合わせないときた。

 半信半疑だったが縁を切ったというのも満更嘘ではないらしい。しかし絶縁を持ち出した(らしい)副社長の方が気不味そうにしていたのだから、何か訳アリなのだろう。おれは彼の緊張を解すべく、何も知らない振りをして平然と振る舞う。


「承知っす。じゃあスターターはおれが適当に選んじまいますね。あ、すんませーん。トリプルとブルーとー、アンチョビキャベツとー、あ、これうまそ。このビーツのピクルスと──、」


 おれが注文している間、副社長はお絞りに手を伸ばすことも、通しの素焼きカシューナッツを口にすることもせず、ただ黙ってガラス製の漆黒のテーブルの表面を見つめていた。そこに何を見ているのかなんて、聞かなくたって分かる。


「サッチと何かあったんすか?」


 ビールの到着を待たずして日常会話のように本題を切り出せば、彼は視線を上げて訝しげにおれを見た。何で知っているとでも言いたげだが、生憎、課長連中は皆あんたら二人について察しが付いてるんでね。あ、阿呆ラクヨウは除く。


「バレバレっすよ。最近一緒にいるとこ見ねーもん。仲直りして下さいよ、もー。おれが困るンですよ。」

「ンなこと言われても、なァ。そもそも、なんでおまえが困るんだよい。」

「うわ、そうきたか。あー…おれがあんたを狙ってるから? サッチの監視がついてねぇと手出しそうかなって。」

「…ハ、嘘付け。おまえがそんな趣味じゃねえことくらい知ってらァ。」


 我ながら下手な嘘だ。見破られて当然とは思ったけれど、敵わねえなあ、とわざとらしくお手上げして舌を出してみせれば、副社長は訝しげに眉間に皺を寄せた後、真顔でテーブル越しにデコピンを喰らわしてくる。そこまで痛くはなかったけれど、いってえ!、と額を押さえて過剰に悶えて見せれば、タイミング良くお待ちかねの乾杯ビールがやってきた。



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イゾウ視点。今までずっとサッチ視点で書いてきましたが、どうしても入れたかったので。もう一話だけ続きます。






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