専用のグラスに注がれた黒褐色の液体が、店のロゴが印刷された小洒落たコースターへ置かれる。彼はホップの香りの強いトリプルだが、おれは断然、麦の味わいが強いブルー派だ。ワインのようにボトルごとに味が違うのが面白く、毎回どんな味だろうかと胸を弾ませられるのがいい。それを手に取った彼に続き、おれもそれを手に取ると眼前へと掲げる。


「「乾杯。」」


 グラスとグラスを重ね、互いに間髪入れずにそれを口内へ流し込む。空腹だったので、舌、喉、食道、胃、とそれが落ちていくのがよく分かる。胃が、ちり、と焼けるような熱さを灯し、そしてアルコールはじんわり疲れた体に染み渡っていく。


「…この会社で誰が一番おまえと付き合い長いと思ってんだい。」


 唐突な言葉に些か理解が遅れたが、すぐに先刻のことだと悟る。確かに、おれと副社長の付き合いはたった数年ではあるものの、おれにとってこの会社の社員で最も付き合いが長いのは眼前の男―副社長―なのだ。おれを見込んでスカウトしてくれたのがこの男だったことを考えれば、おれの性格や思考など見抜くことくらい容易いことだったのだろう。

 そしておれは、或ることに一抹の不安を覚える。即ち、彼はおれの気持ちなんて全てお見通しなんじゃないか、ということだ。彼は自分のことには疎い癖に、周りへは妙に鼻が利くのだ。次の言葉を決め兼ねていると、副社長が再び口を開く。


「……ありがとよい。気ィ遣わせちまったな。」

「…は?、」


 間抜けなおれの返事に、副社長が力無く、けれど今日初めて笑ってくれる。ああ、良かった、おれの秘めた本心はバレてなんかいなかったのだ。安心すると同時、彼が少しだけでも元気を取り戻してくれたことに、酷く安堵して脱力する。

 嬉しさに任せてぐいとグラスの中のビールを飲み干してみせれば、若いねい、なんて下卑たからかいが飛んくるものだから、おれは調子に乗ってその後、許容量以上のアルコールを取ってしまった。明日は確実に二日酔いだろう。けれど、今は何より副社長を元気づけて、そして自身の淡い恋心と醜い妬きもちとを飲み込んでしまいたかった。



 なあ、副社長。本当におれが好きなのは、あんたの男なんだ。隠したって無駄だぜ。あんたがおれをお見通しになるくらい、今のエースと同じくらい、おれはあんたと一緒に居たんだ。おれだってあんたのことをそれなりに分かってるつもりだ。

 だから、誰にも言えない。優秀で、明晰で、お人好しで。すぐに荷物抱え込んで、自分を犠牲にしちまう馬鹿なあんたは、おれがサッチを好きだなんて漏らそうモンなら、おれは無関係ですってな顔でさっさと身を退いちまうんだろう?

 不調に気付くくらいには、おれはあんたの背中を追ってるんだ。元気付けたいくらいには、おれはあんたを慕ってるんだ。幸せになって欲しいくらいには、おれはあんたが好きなんだ。なあ。本当に、仲良くしてくれねえと困るんだよ。相手が違うだけで、監視がついてないと手を出しちまいそうってのも本当なんだ。おれに、あんたを裏切らせないでくれ。



「おれは、副社長もサッチも大好きなんです。」


(だから、どうか、)


なにひとつ偽りのない、心からの言葉だった。



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イゾマルと見せかけてイゾサチ。イゾマル期待してた方すみません。番外編なのに本編より長くなったのはイゾサチへの愛故ということで。言いたいことがまとまらず、編集に3ヵ月以上かかったとかもうね…。






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