マルコはおれを何処まで虚仮にすれば気が済む。わざわざおれが偽名で入社試験を受けた意味など考えもせず、伯父さんの反対を押し切ってまでおれを課長にしただなんて、本当に余計なお世話だ。そもそも、採用されたこと自体がマルコの手引きなのかも知れない。高卒で入ったレストランの見習いで、毎晩ヘトヘトになって帰ってくるおれを見て、同情で採用したのか。十年にも渡って懲りもせず、アプローチを続ける馬鹿なおれを見て、同情で付き合ったのか。

 怒りが治まらず、仕事を部下に任せて副社長室へと向かう。ノックもせずにドアを乱暴に開け放って奇襲をかければ、好都合なことにエースは席を外していた。久々に顔を合わせるマルコが、おれを見て目を丸くして固まっている。そんなことはお構いなしに部屋へと無遠慮に入って彼の座る机の前まで突き進めば、彼ははっとした様子で息を飲んだ。


「久し振りだな、マルコ。元気か?」

「…え。ああ、そうだねい。それなり、だよい。」

「ひとつ。訊きたいことがあるんだが。」


「親父さんの反対押し切って、おれを採用したのがおまえだって話は、本当か?」


 瞬間、さあっという音が聞こえそうな程にマルコの顔が青色に染まる。ティーチの嫌がらせであってくれ、という僅かな期待は、彼の返事を待たずして既に跡形もなく消え去ってしまった。本当は今すぐ怒鳴って責めてやりたいほどに腹綿が煮えくり返っていたけれど、それを表面には出さず、出来るだけニコニコと人の良い笑みを浮かべて続きを促す。


「本当なんだな? 何でそんなことした?」

「それ、は…。」

「そんなにおれが可哀想だったか?」

「な、」

「理由くらい、あんだろ。言えよ、マルコ。」


 笑顔を消して、彼が冷たささえ感じるであろう無表情で問う。するとパソコンのキーボードに触れていた彼の指先がカタカタと小刻みな音を立てるものだから、震えているのだと理解した。彼は咄嗟に手を引き、胸前で握り締める。


「言え、ないよい。」

「どうして。」

「…どう、しても。」

「おまえ、いつも肝心なことは言えねえんだな。」


 呆れたように大袈裟に溜息を吐く。それにすら肩を大きく跳ねさせるのだから、余程おれを恐れているらしい。今までの三十年ずっとマルコが優勢だったのに、縁を切ってしまえばおれが優勢というのもおかしな話だ。彼は俯いてずっと己の震えの止まらぬ拳を見つめていたけれど、おれの言葉と溜息が効いたのか、ぼそぼそとか弱く言葉を紡ぎ出す。


「オヤジを、説得…して。サッチを、ウチに…入れた、のは、本、当だい。」

「………理由は。」

「……言えね、え。」

「てめえ、毎回毎回しらばっくれんのも―――「サッチ!? 何やってんだ!」


 大方、手洗いにでも行っていたのだろう、足取り軽く帰ってきたエースが、おれがマルコに掴みかかろうとしているのを目撃して大声を上げながら此方に駆け寄る。こうなってしまっては分が悪い。おれはすんなりと身を退くと、平然と踵を返し、来た道を戻る。途中、擦れ違ったエースが何か言いたげにしていたけれど、おれはそれに気付かぬ振りをした。




 ―――言うなれば、闇。そう、おれの心は、闇一色に染まっていた。






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