「……悪ィ。やっぱり今日は帰ってくんねーかな。」


 このままでは、おれはマルコを更に傷付ける。おれもきっと傷を深める。こんな嫌な雰囲気のまま帰したくはなかったけれど、それ以上に同情なんかされたくなかったし、こんな無様な姿を惚れた相手に見せたくはなかった。

 その一方で、マルコがおれに謝って縋って来てくれることを、内心期待しているのも事実だった。いつも謝るのは専らおれで、意地っぱりでプライドの高い彼はかつて一度だっておれに頭を下げたことがないのだ。だからこそ今回ばかりは、さすがに今回は、折れて欲しいと思わずには居られなかった。静寂の中、ひたすらに彼の反応を待ち詫びる。


「………分かったよい。」


 耳に届いた、無情な声音。謝るどころか言い返しもせずにすんなりと立ち上がった彼に、おれの期待は無惨にも打ち砕かれる。そして浮気への疑いの念が再び頭を擡げ、怒りと悔しさから思わず指の隙間から視界にちらつくマルコの足元を睨み付ければ、もちろん彼はそんなことを知る由もなく、荷物を片付けて着々と帰る準備を進めていた。

 途中、カチリという嫌な金属音が耳についた。金属と、何か硬いものが触れ合うような。けれど、それが何かなんて考える余裕など今のおれには無く、唯々その足の動きを指越しに恨めしげに見つめることしか出来なかった。


「おれの自分勝手な都合で訪ねて悪かったよい。飯、旨かった。…じゃあな、サッチ。」


 頭上からマルコの声が届き、次いで玄関へ向かう足音と扉の開閉音とが室内に響く。それらの音に、本当に彼が帰ってしまったことを否が応でも知らされる。今のおれは、醜い。一先ず水でも飲んで頭を冷やすべきだ。そう思って顔を上げた瞬間、目へと映り込んできた“それ”に、おれは瞬きはおろか呼吸さえも忘れて硬直せざるを得なかった。


「…ハハ、ハ。そーゆーことかよ。やっぱり、おれはお払い箱だった、って訳だ。」




 全部おれの思い違いなんかじゃなかったのだ。何も言わず早々と帰って行った彼。いつもの『また明日』ではなかった別れの言葉。先刻の音の正体───ガラステーブルに置いて行かれた、おれの部屋の合い鍵――。




 それらの意味するところに、おれは頭を冷やすどころか、年甲斐もなく声を上げて泣いた。






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