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「色々、って妙に引っかかる表現だな。まさかおれの話って、小四まで寝ションベンしてたとか、キーマカレーに引火させちまってボヤ騒ぎ起こして社長にブン殴られたとか、そういう話じゃねぇよな?」 「ハハハ!それは初耳だ!…いやいや、そういうんじゃなくて、物心ついた頃から誰よりも大事で大好きな、サッチって同僚がいるって言ってたんだ。だからおれとも付き合えないって、フられたよ。」 「そうか。マルコがそんなにもおれのことをなァ。それなら良かっ……んっ?…はあ!?」 おれはがっちりと握手をし終えた手を引くことも忘れて、思わず聞き返す。出る杭に哀れをかけ一先ず打たずに放置して置いたら、その杭が存外に突出していて実は既に心臓を突かれていただなんて、笑い話にもなりゃしない。思考回路はショート寸前、とはよく言った(いや、歌った、か?)ものだが、今のおれはまさにその状態だった。 マルコはおれたちの関係を公にするのを酷く嫌っている。親しい同僚や叔父さんにまで隠しているのも彼たっての希望であり、その彼がフる理由とは言え素性も分からぬ新入社員に、ぬけぬけと関係をバラすものだろうか。 それより何より、マルコがそんなにもおれを想ってくれていたことを初めて知り、今は真剣に敵と向き合う場面であろうに、嬉しすぎて赤面と破顔を抑え切れなかった。顔を手で覆ってもバレバレだろう。ああ、今日の夕食は、マルコと共にバケットとパイナップルを食べよう。初めて君が「サッチのこと大好きだよい☆」と言ってくれた(らしい)から、今日はサラd…間違えた、バケット×パイナップルもとい、今日はサチマル記念日☆……じゃなくて! 「訂正。」 その声に思考を現実に戻す。どうやら悶々とするあまり、無意識に手に力を込めてしまっていたらしい。痛みに苦笑を浮かべた彼に手を振られて漸くそのことに気付き、おれは慌てて握ったままだった手を離した。 「マルコはアンタのことだとは言ってなかったよ。おれが勝手にサッチって男を怪しいと思ってて、さっきのマルコの気許した態度とアンタの切羽詰まった様子で確信しただけ。…当たり、みたいだな?」 「ぬあっ!? な、ななな…、おまえ…!」 ニヤリと不敵に歪められた口許。完璧にしてやられた。おれはまんまと敵の罠に嵌められてしまったのだ。やはりマルコは関係をバラしてなんかいなかったし、加えて言えば、それを匂わせてしまうようなヘマする奴でもなかったのだ。つまりは、彼が異常に鼻が利き、異常に人の心情を読み取るのが上手い、ということだ。日常会話から、そういった因子を嗅ぎ取れるだなんて。おれはこの青年が末恐ろしくなり、寒気を感じながら恐る恐る相手の表情を伺い見た。 「…オマエ、何考えてる。マルコ直属っつーのもオマエの希望なんだろう。」 「そう怒らないでくれよ。付き合ってくれなきゃ入社しねえってゴネ続けてたんだけど、いつになってもマルコが絆されねえから互いに譲歩し合ってこれで落ち着いてさー。こんくらいいいだろ?」 「はあ!? なんだその理不尽な契約!? 下心ありまくりじゃねーか!」 「大丈夫、裏で力尽くで奪ったりしねえよ。人を好きになんのは恥じることでも隠すことでもねェ。んでもってフェアに行きたいからライバルのアンタにこうやって成り行きを話してる。そうだろ?」 「…ま、まぁ、そうだな。そこは、うん、ありがとうな。……あれ?」 完全に流されている。完全に彼のペースだ。怒りを覚えていた筈が、逆に紳士的でいい奴じゃねえかとか思い始めてしまったのが怖い。人懐こい笑みが、柔らかな口調が、その勘違いを加速させる。エース、恐ろしい子! 「…マルコってさ。優しすぎて、優しさは時に残酷だってことに気付いてないと思わない?」 「えー、そうかあ? 優しいどころか、おれにはいっつも鬼みてぇに厳しいぞ?」 ―――そりゃあサッチは、ね。前触れなく呟かれ、簡単に流してしまったその言葉。彼の思い詰めた表情と言葉の意味を考えれば、きちんと向き合ってやるべきだったのに。この時のおれは脳天気で、何も考えちゃいなかった。 |