(……マジかよ。抱く感情は違えど、まさに相思相愛ってかァ?…おいおい、笑えねえぞ!)


 考えてもみろ。ここ半年、マルコは些か付き合いが悪かった。情事後すぐにシャツを羽織り出掛けようとするマルコの姿にチープな恋愛映画のヒロインが重なり、浮気でもしてんのかと冗談半分本気半分で絡んだ時。どうしてもウチに入れたい奴がいて画策している、といやに真面目に返されて追求できなかったことを今更ながらに思い出す。

 思わず舞台上であることを忘れて頭を抱えてしまえば、左隣の男─三課課長ジョズ─に「きちんと背筋を伸ばして座れ、威厳が保てない」と耳元で小声で、しかし結構な刺を含んだ口調で注意され、おれはいい年して姿勢を叱られたことと、長年連れ添った恋人に垣間見えた男の影に本気で焦りを感じている己の不甲斐なさに、本気で涙が出そうだった。

 そうやっておれが苦悶している間にも着々と式は進んでおり、気が付けば叔父さんの挨拶は終わり新入社員の挨拶が始まる時分らしい。一番手は勿論例のルーキーで、会場内を見遣れば一同が壇上に上がった彼へ期待の眼差しを注いでいた。が、当の本人はきょとんとした様子で頬を掻いており、マルコの方へ顔を向けて漸く、その口を開いた。


「なァ、マルコ。挨拶って、一体なに話しゃァいいんだ?」


「 「 「 「 「 ……………。 」 」 」 」 」


( ( ( ( ( マ、ママ“マルコ”オオオ!? ) ) ) ) )


 おれだけでなく会場にいる全ての人間が一瞬の思考回路の静止のあとに心の中でそう叫んだであろう直後、ゴツンという骨と骨のぶつかり合う盛大な音が響き、何事かと思わず席を立ち上がりマルコの元へ駆け寄れば、走り高飛びの要領で己の手を軸にして司会台を飛び越えたと見られる彼が、拳骨で力いっぱいルーキーの頭を殴っていた。


「いッ…てェェェ!! なにすんだよマルコ!?」

「エース!今までは多目に見てたが、今日からはおれは上司でオマエは部下だ!節度を弁えろい!」


 二人の親しげな様子に皆が唖然とする。マルコが彼を口説き落としたことは周知の事実だが、逆に言えばそこまで手を尽くしたということは、彼はウチやマルコに対して反発的だったということだ。それが、なんだこの馴れ馴れしさは?


「…ハァ。ウチの何に惹かれたとか、何で入社を決めたとか、これからの抱負とか、色々あるだろい。」

「ああ、そういう感じでいいのか。へへ。うーん、何だろうなー。」


 痛むのであろう、殴られた頭を撫でながら悩む素振りを見せた彼は、演説台に向かって改めて立ち直すとその両縁にどかりと両手を着く。そしてマイクにぶつかるのではないかというほどに前のめりになり、表情を凛々しく一変させた。おれは見逃さなかった。司会台へと歩いて戻るマルコが、それを横目に確認し、さも愉しげに口角を上げたの、を。


「ポートガス・D・エース。オヤジさんの心意気とマルコの優しさに惚れて、入社を決めた。おれの都合で前の会社畳んだ上に部下まで道連れにしたからには、その待遇を用意してくれたオヤジさんの為にも、迷惑かけた皆の為にも、それに見合う以上の結果を出す。おれァそれだけだ。あんまり上手く言えねえけど、宜しく頼む。」


 訪れる静寂。彼の言葉と声には、理屈じゃない圧倒的な力強さと勢いがあった。






-エムブロ-