土井先生は結婚しないんじゃない、できないんだ。おれの生活費もばかにならないし、何より血の繋がってない連れ子なんて相手が嫌がるに決まってる。だからって嫁さんを選んでおれを寒空に放り出せるような人じゃなくて、結局おれとの今の生活を続けていくしかないんだよな。そう言ったら乱太郎は眉を下げて悲しそうに笑った。ああやばいと思って、なーんてな!とおちゃらけてみる。おれはなにもこいつを悲しませたくて言った訳じゃない。ただなんとなく、冬の朝の凍てついた空気に触発されてしまっただけのことなのだ。そう説明すれば彼は眉を寄せて更に悲しそうな顔をした。そりゃあ土井先生への申し訳なさはあるけど、それを気にしてあの家を出たらおれは生きていけないし、いつか恩返しするって割り切ってたから別におれは平気なのに。だから、おれはどうして乱太郎がそんなに悲しそうにするのか全く分からなかった。そしてあいつもおれが聞いてもその理由を教えてはくれなかったから、二人揃って寒さに目を覚ましてしまった流れで何となくこんな話をしまったおれは、話の途中だというのに睡魔が戻ってきていつの間にか二度寝してしまっていた。ただ、あいつが隣で何か呟いていることだけは、夢の中でもなんとなく感じられた。ぶつぶつ。きり丸は何も分かってないよ。土井先生は、きり丸が何よりも大事なんだよ。結婚できないんじゃなくて、お嫁さんを貰うことや世間体なんかより、きり丸との生活が楽しくて大事だから一緒にいるんだってどうして分からないのかな。でもきっとこれは第三者のわたしが言ってしまっては駄目で、土井先生が教えてあげて、きり丸が自覚しなきゃいけないことなんだよね。あーあ、難しい。わたしには大好きな父ちゃんと母ちゃんがいて、いつだって愛されてるって自覚があるけど、身寄りのない土井先生ときり丸はそうもいかないのかも知れない。そもそも土井先生も鈍感なところがあるから、きり丸が特別な存在だって気付いてないのかも知れない。それじゃあもっと鈍感なきり丸が気付く訳ないか。わたしは、大好きな親友と恩師のこれからを想像して、その途方もない遠回りにひとつ溜め息をついた。疎いふたりが、すぐ隣にある愛に気付くのは、一体いつになるのかな。おやすみ、きりちゃん。すべてを白い吐息と共に吐き出して、わたしも二度寝しようと目を閉じた。






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