「あんた、なんでそんなに寂しそうな目をしてるの。」

それはおまえだろうと言いかけて舌打ちで誤魔化し、相手へ向けてしまった目を逸らす。この女は恋人に浮気をされた、らしい。らしいというのは、この女が泣きながら一方的にべらべらと事の経緯を俺に話してきたからだ。もちろん俺は読書中で話に耳を傾けてやってなどいないし、こいつもただ吐き出したいだけで俺が聞いていようがいまいが関係ないようだった。だから詳しくは分からないが、否が応でも話し声というのは耳に入って来てしまうもので何となくの内容は理解していた。

「あんたは彼女とか…いる訳ないわよね。あんたもあたしと一緒……ううん。あんたはあたしなんかより、ずっと孤独だったのよね。」

聞き流せない台詞が耳に入って来て、反吐が出そうになった俺は書籍を閉じて革張りのソファから立ち上がる。一方的に話すだけで俺に介入して来なかったから同席を許してやっていたが、巡り巡って俺に同情だの慈悲だのをかけられるのは正直不愉快極まりなかった。孤独なのは貴様だろう。俺は一人を寂しいなどと思ったことはないし、他人を必要となど思ったことはない。己より恵まれぬ存在を見付けて自分は不幸でないと安堵したつもりだろうが、勘違いにも程がある。ふざけるな。

「……言いたいことはそれだけか、クソ女。」

退室しようと扉へ向かう擦れ違いざま、相手の近くで立ち止まって怒気を込めた目線を送る。すると女は焦りを見せて椅子から立ち上がり、徐に俺を正面から抱き締めた。不快ではない花のような甘い香り。と同時に鮮やかな碧が視界いっぱいに広がり、ずっと海に焦がれていた俺は軽く目眩を覚えた。柄にもなく動揺した俺は、碧の正体がこいつの髪だと認識するのに些か時間がかかっていた。さっきまで手に持っていた書籍は、気付けば俺の手から落ちて無惨にも床に落ちてしまっている。

「ごめんなさい。あんたを侮辱した訳じゃないの。あたしが寂しくて死にそうなのを、あんたに転嫁しただけ。」

「あたしを慰めて。あんたじゃなくてあたしが寂しいの。あたしがあんたに寂しさを満たして欲しいの。あた、」

ちくしょう。地球人の分際でこの俺を分かった気になりやがって。さも俺は悪くないと言わんばかりに台詞を捻じ曲げ、自分が荷を背負うことで俺の自尊心を傷付けまいと助けたつもりか。傲るな。俺はおまえとは違う。俺は優しさや温もりなど欲していない。ただ暇潰しに下らん挑発に乗ったまでだ。俺は床に押し倒した相手の唇を無我夢中に喰らうことで、この言い訳染みた思考を遮断した。目頭と胸の奥が熱くなったことには気付かない振りをして、今はただこの地球の女を感じたかった。






-エムブロ-