「団蔵!やめろってば!」


鼓膜を裂くような痛烈な叫びに、おれははっと我に返る。そして直ぐに右手に何か柔らかなものを鷲掴んでいることに気付いて確認すると、それは無様にも床に這うような恰好になった兵太夫の髪だった。

わっと声を上げて慌てて手を離せば、おれの手から抜けてしまった毛が何本もぱらぱらと零れ落ちる。それを見て自分がいかに強い力で彼の髪を引っ張っていたのかを理解し、一瞬にして血の気が引いた。

──左吉の部屋の扉を開けたところから、まるで記憶がなかった。もう既におれの部屋は目前だったから、きっとおれは兵太夫をずっと引き摺って此処まで来たのだろう。

おれの網膜に、泣き出しそうに歪められた兵太夫の顔が映っている。痛かったよね、ごめんね、って謝らなきゃって頭では思ってるのに、声は出ないし、視界が真っ赤で、手足の震えも止まってはくれない。




どうしようどうしようどうしよう。




本当に泣きそうなのは、おれ、だ。




力任せに兵太夫をおれの部屋に押し投げる。布団があったからそこまで痛みは無かっただろうけど、馬乗りになって表情を伺うと、兵太夫の顔は苦痛に歪んでいた。


「団蔵!やだ!謝るから!」


とうとう泣きじゃくり始めた兵太夫に、むしろ謝らなきゃいけないのはおれの方なんじゃないのかなとは思うんだけど、どうしてか体は全く言うことを聞いてくれない。

木製の床に擦れたのだろう。兵太夫の滑らかな肌は、ところどころ赤い。鎖骨に唇を落として耳の付け根にかけて舐め上げれば、傷口に滲みたのか兵太夫は小さく悲鳴を上げた。




ねえ、なんで。おれは兵太夫が好きなのに。おれには兵太夫しかいないのに。おれは兵太夫を愛してたのに。兵太夫もそうだと信じてた、のに。兵太夫は性欲が満たせれば誰でも良かったの。




「やだ!やめろ、バカ!」
「…左吉とはできるのにおれとはできないんだ。おれって兵太夫のなんなの。セフレ以下?」
「団、蔵。ちが、」
「へえ、違うんだ。左吉じゃなくても、性欲を満たしてくれる奴なら誰でもいいって?」








「最低だね、ほんと。」






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