五万打フリリク『付き合い始めで初々しくて甘酸っぱいタミカネ』



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「「ゼラ!ゼラ!ゼラ!」」

恒例の、儀式。光クラブのメンバーが規則正しく一列に並び、ゼラを崇め讃える。俺も、カネダも。

「「ゼラ!ゼラ!ゼラ!」」

俺だけを見つめて欲しいその眸は、あいつの姿ばかり映し。俺の名前だけを紡いで欲しいその唇は、憎いあいつの名前ばかり呼ぶんだ。

「「ゼラ!ゼラ!ゼラ!」」







「名前を呼ぶ事に意味なんて無いよ。なんで気にするの?」

眸を開けなくては生活がままならない。不満はあったが、カネダがゼラを視界に入れる事は許した。

けれどゼラの名前ばかり呼ぶ事はやはり気に喰わないとカネダに告げると、涼しい顔でそう返され、俺は失望と激しい怒りで閉口した。

(──ああ、そうかよ。)

お互いの名前を呼び合うという行為は、人間の最も原始的且つ崇高な愛情表現なんじゃないのか?

好きな奴に名前を呼んだ時に・呼ばれた時に湧き出るあの感情。好きな奴と抱き合っている時や口付けている時に意味も無く相手と名前を繰り返し呼び合って、相手の存在や其の愛を確かめたくなるあの感覚。

甘い響きで沢山カネダの名前を呼びたいと、甘い響きで沢山カネダに名前を呼んで欲しいと、そう願っていたのは俺だけだったのだ。



「──カネダ。」

びくり、と、カネダは肩を震わせて驚いた。そりゃそうだ。付き合う事になってからというもの、俺はずっと二人きりの時、彼を“りく”と名前で呼んでいたのだから。

彼の表情が些か曇っているように見えたが、きっとそれは俺の自己投影であり気のせいで、本当に曇っているのは俺の表情なんだろう。

「な、なに。タミヤくん。」
「んー、やっぱり俺下の名前で呼ぶの止めよっかなって。使い分けんの面倒臭かったんだよなー。」
「めんど…くさ、い……。」

名前を呼ぶ事に意味が無いなら、カネダは別にこれでも構わないのだろう。付き合う事になり彼の下の名前を呼ぶ権利が出来たと喜び浮かれていた過去の自身が、嘲笑えた。



俺はいつか、“りく”に“ひろし”と呼んで欲しかったのだ。俺をそう呼ぶ人間はいない。父も母も俺の事を幼い妹のタマコに合わせて“お兄ちゃん”と呼ぶのだ。だから“ひろし”は特別だった。特別だからこそ“りく”に呼んで欲しかった。






-エムブロ-