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「い…やだよ、タミヤくん。」 ふと。まさに文字通り蚊の鳴くようなカネダのか細い声が、耳に届く。 「りくって、呼んで欲し…い。」 消え入りそうな言葉だったけれど、無駄に五感の優れている俺は(ちなみに視力は2.5は、ある)一字たりとも聞き逃しはしなかった。俯き加減のカネダへと視線を下ろす。 「…なんで。カネダは名前なんか、どうでもいいんだろ。」 「それはっ、ゼラの話だよ!」 自分で思っていた以上に大きな声が出たのか、カネダは弾かれるように顔を上げたと同時に自身の声に驚いて隻眼を瞬かせた。それは俺も同じで、彼にこんなに大声が出せたのかと驚かずには居られなかった。 カネダは親指の爪を咬みながら、顔色を伺うように上目に俺を見つめては再度ゆっくりと其の口を開く。 「あ、のね。ゼラを呼ぶのは光クラブの儀式だからで、別に好きで呼んでるんじゃなくて。」 「…うん、」 「だけど、タミヤくんの事は呼びたくて、タミヤくんにりくって呼ばれるのも、恥ずかしいけど……す、す、好き、だから!」 「うん!?」 顔に始まり首筋や耳までを真っ赤に染め上げて、わたわたと落ち着かなく手を振り動かしながらカネダが先程とは全く意の異なる事を言い出すものだから、俺は言葉を失う。 「ばっかみてー、俺…。」 何て事は無い、俺の勘違い。意味が無いというのはゼラの事だったのだ。それが分かったらつい脱力して、道中だと云うのに其の場に膝を抱えるようにへたり込んでしまった。 どうしたの、と隣へ急いでしゃがみ込んで心配そうに顔を覗き込んで来るりくに、意地悪してごめんな、と聞こえぬ程度に小さく告げて。 「なあ。俺の事も名前で呼んでくれよ。りくばっかり、ずるい。」 にやけ顔を悟られぬよう両腕に顔を埋めたまま、拗ねた口調で告げれば、りくが従わざるを得ない事を長年の付き合いで俺は知っている。 「え。あ、え…と、ひ…ろし?」 「…あー!俺幸せ!りく大好き!」 「えっ!ちょ、タミヤくんっ!」 りく、りく、りく!大好きで愛しい名前を呼んで。引き寄せて抱き込んで口付けて。また名前を呼んで、躊躇いがちに呼び返されて。夕陽の所為だけじゃなく、二人とも頬を赤く染めて幸せだと笑い合って。 りくの温かな温度を掌に感じながら、今後りくがゼラや他の男の名前を幾ら呼ぼうと俺はきっと気にならないだろうと頭の片隅で思った。 (だって君と名前を呼び合う事にだけ、意味と愛が、在る。) |