カメレオンの衰死体







傷ばかりの肩の肉が、娘の柔らかい手のなかでびくっと動くのを感じた。
自分より一回り以上も小さな彼女が土方のほうへ身をかがめ、肩をかかえて彼の体を支えている。
少女は美しい顔をしていた。ぞくりと光るスターサファイアの瞳が、光線のなかを通り、土方を見つめている。
まるで一種の事故のように思えた。マヨネーズをかけ忘れて焼きそばを食うような…‥。
たとえ死んでも許せそうにないその失態に、まさかこれが走馬灯かと呆れる。 


死んでも許せないのは今のこの状態だと───土方は我にかえった。
何しろ少女の腕のなか死にかけていつまでもぐずぐずしているのだ。
どうして、この娘なのか…。
どうして、自分は全てを忘れそうになっていたのか…。
最後に思いだす光景がマヨ抜きの焼きそばとはさすがに泣けてくる。
思えば死ぬというのも奇妙な言葉だった。




「………なんで……笑うんだよ……?」




はっとして真面目ぶった顔をする小娘に土方は苛立った。
それでも何かに気を取られたような放心した顔を少女は始めている。
この少女はいつだってそうだ…、ソレ以外のことをある瞬簡的には忘れてしまうのだ。今この状況でさえ、そうだった。
彼は彼女と、彼女の保護者に疑いをもったときのことを思いだした。
あまり詮索は好きではない。けれどそうもいってられない立場に就いている自分が、この時ほど嫌味に思えたこともなかった。


───この若すぎる、恐れ多いばかりの幼い肉体が、誰かにとっては、酷く貴重なのだという事実に愕然とする。
それが今、ふたたび、彼の心臓の貴重な鼓動を早めたことにもうんざりした。



土方は死にかけていた。



そう、それは嘘ではない。ここでまさしく死にかけている。ひとつの正しい言葉だ。何かが彼の中味を引き裂いて、その間に、彼は滑稽な姿で死んでいくのだ。それを偽善というべきか…もしくは…….。
抱きとめられた神楽の腕のなかで土方は小さくあえいだ。
払われた足が今さらズキズキと痛みだしている。
怖いもの見たさで踏み込んだお返しに──受けた暴行が、肋骨の痛みをじわじわ加速させた。
……確かに、自分は余計な口をききすぎたんだろう。土方は本気でこの少女に、アレについて話してやるべきことなどひとつも持っていなかった。
考えてみれば何のことを話したらいいのかわからない。そんなものは端からありはしないのだ。あってもごく僅かな取りかえしのつかない事実でしかない。
なら何故、他人事だと割りきって無視できなかったのか…?
それはやはり、怖いもの見たさだったとしか言いようがなかった。
自分の言葉によって、何かが駄目になるということを土方はよく知っている。そうやって土方が何かを失ったのはもうずっと以前のことだった。
思いだすのも久しぶりのような気がした。確かに自分はもう彼女を愛してはいないのかもしれない。もし彼女を愛していたとしたら、土方はあの“大人”にこう言っただろう。『このロリコンが』。この仔どもにではなく、それも心の中だけで。もしくは何をも言うようなことはなかったはずだ。
にもかかわらず自分の言葉によって、なにものかに働きかけることができるというただ一つの考えが、土方に昔ながらの短気を呼びもどしていた。







『────犯罪だって、ちゃんと知ってるか?』







神楽と通り過ぎ際……ボソリと落とした忠告。
一瞬固まったあと自分を追いかけてきた小娘の顔に妙な満足感を覚えた。直後、突然まぶたの上に激しい光が炸裂したのは───これぞ自業自得というべきか……。

強烈な延髄キックをお見舞いされたと気づいたら続けざまに足払い、そしてボディーブロー。数メートルは吹っ飛んだだろうか…。
迅速な制裁としてはこれ以上なくお見事だ。
おびえてオツムの弱い娘のように憐れみを乞う、そんな性格ではないことを思いだしたのは、結局少女の腕に抱えられてからだった。
少し桜色を帯びた可憐な指先が土方に届くまで、ひどく長い逡巡があったにちがいない…。



「……忘れてくれ、」


答えない神楽に、謝罪の言葉は続かなかった。
自分でも自分が何をどうしたかったのかなんて今いち言い訳さえ浮かんでこない。というか頭が痛い。それも割れそうに。
きっとこの娘も、土方を支えながらも(犯罪)相手のことを考えていたのは瞭然で。
明らかに彼の命運を握るその細い腕、その幼稚な腕に身をあずけたまま、土方はこの最後の芝居のためには好都合だと考えた。



「───警官に舌打ちするのは……不敬罪だぞ」


じっさい先ほど土方と目が合うなり舌打ちしてきたのはこの少女だ。沖田を見つければ何かしら可愛げのない反応をする小娘だが、それにしても土方に対してもこれは、虫の居所が悪すぎたのか…。
嘘じゃなくそれにイラッときたといったら──信じるだろうか?
───まさか。
でもそれぐらいの芝居に付き合えるオツムはあるはずだ。



「マジでか」



ふたたび土方に意識を戻して神楽がつぶやく。
自分が少しほっとしているのを感じた。怖かった。
…そう、いまや土方は怖くなっていた。
そんなものはそこには何もないとはわかっていながら──。
けれどどうしてもそこまでやってやろうと二人して微笑っているのだ。




だからなんで笑うんだよ





少しあえぐように囁いた土方の言葉を最後に、少女はおもむろに優しい腕を投げ捨てた。













fin

コンクリート直撃…!(泣)




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09/30 00:17
[銀魂]




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