黒水仙







気づく奴は気づく。


あのふたりにはふとした瞬間、見るものを息苦しくさせるほどの、男が少女の上に乗りあげ蔽いかぶさりその小さな身体をがんじがらめに貪っているような──
獣じみた不穏な匂いを発散している。
真昼間、白昼で堂々とじゃれあうままの仲睦ましい、そんなふたりを観つめていた土方の中に不快な、ある種ドロドロとした陰鬱を生じさせる。


子供相手にのぼせている男を客観的に見ると、ぞっとした。
年下のサディスティックな青年が案ずる気持ちも分からなくはない。
けれど、すでに手の施しようがないほど、あの娘の中毒になってしまっているのだ。


あの娘にしたって、もう後戻りはできないはずだ。男の優しい言葉が、狼のように貪欲で卑しい肉体を包む偽りのヴェールでしかないことにふと気づいても、もう遅い。
あの男はきっと何ひとつ許さないだろう。娘のすべてを余さず喰らっても。
そういう生来の、男を救いがたくする魂をあの娘は持っている。愛の世界すべてが、下の方へ、厭うべき奈落へと落ちてゆく。




神楽とばちりと視線が合ったが、土方は弱者丸出しの負け犬根性で顔ごと逸らして見なかったことにした。
めずらしい鮮烈な青の瞳を上瞼にひきつけ、白い目で土方を視ている。『ばか』とでも言っているような、あの目の中にはだがさすがに幾らかの怖れもあった。
先日、あんなことを言ってイジメたもんだから、警戒しているんだろう。
けれどもう、土方は自分から神楽に近づくつもりはなかった。
沖田のように日々鬱々として、虎視眈々と何かの機会を狙うような痴呆に成り下がるつもりは自分にはない。
神楽は目を白くなるほど上目遣いにして、土方を見ていた。


(この目が…)


と、何度も土方を苦々しくさせる目だ。
土方を短気にも忌々しくもさせる、非常にやっかいな目だ。
じっと見るたびに相手の魂を持っていく目だ。
悪いことをしていてそれを隠している、だがそれでいてどこか恐ろしい魔のような目が、本能的な恐怖を潜めて先日も土方を窺っていたのを間近で見たのだ。
神楽という娘は、兎のように竦んでいても、意識せぬところでどこまでもふてぶてしい。あきれかえるほどの居直りがあって、けれどそんな鼻持ちならない可愛さまでが銀髪の男を虜にしているようだった。
神楽を覗きこむようにする銀時の様子を見てしまうと、そこには何かが起こるのではないか、という得体の知れない蒸された空気のようなものまで生じている。
その二人の間にあるものは、沖田や土方のような人間でなくとも、もはや周囲も漠然とではあるが感じ取ってしまうほどだった。



しばらく土方を気にしていた神楽の白い視線が、ふいに逸れたのを感じた。何気なくふたりの方をチラ見すると、面倒なことに、銀時がこっちに気づいて険のある眼孔を当てていた。
青い瞳の呪縛が解けたかのように──土方は立ち止まっていた両足で歩きだしたが、今度は仄昏い暗紅色がじっとりと追いかけてくる。
お互い道路を挟んでの対岸で土方が後方に位地していたため、だらだら歩いてるふたりを追い越すまでは、その様子は見ようと思えば土方の視界に入った。
そうこうしているうちに先を行こうとした神楽の腕を、銀時がむんずと掴んで自分に引き寄せている。
通行人の男にぶつかりそうになっていたところを止めたようにも見えるが、その実、力の入れ具合があからさまで、細い神楽の肢体がガクンと傾ぐほどの勢いがあった。
何かを問いただしたいような、酷くしてやりたいような、癇癪じみた男の邪険さがそこに見え隠れしていて、土方は勘弁してくれと内心額に手をやった。開いた口がふさがらない。
そのまま強引に肩を抱き込んだ銀時が、神楽に腰をかがめ、頬ずりするように耳打ちしている。
それを嫌がっているのか甘えているのか、むずがるようにした神楽の丸い肩から腕を押さえつける大きな手に、またしても力が入ったのが遠目からでも分かった。そのまま揺り動かしてどうにかして酷くしてやりたいと思わせる何か──。
そうせずにはいられない何かが、あの娘にはあるのか、いかにも不穏な気配が濃くなっている。
虐待の兆候というのは大袈裟だが、見て見ぬフリをしながら土方は、法的には“性的”に虐待されてるも同然だよなと、他人事ながらにぼんやりと分析した。
はたしてあのカラダに最後まで出来るんだろうかとは思ったが、間違いなく穏かでないことはされているはずだと、もはや疑いようもなく土方は確信している。


「ひッ…!」


前から歩いてきた通行人の女が、土方の顔を見るなり短い悲鳴をあげて脇に逃げ惑った。他の通行人も次々とそうして道を開けていくが、土方は何でもないように歩き続ける。


男は誰でも夢想してるのだ。
女を支配したいとか──
若い娘に手ほどきしたいと。


警察の自分がこれでいいのかと思わないでもない。
だが、見て見ぬフリでいることが安息であると結論はついていた。
どう転ぼうが知ったことかと思う。


破滅しようが勝手にやってくれ。












fin


後書きという名の盛大な言訳⇒
矛盾が気になる方は目を通しておいて下さい。


カサビアン/Underdog



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10/01 23:56
[銀魂]




・・・・


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