ヴァージニアウルフ







『私の恋人、私の優しい妹、私の可愛いちっちゃな奥さん。あなたの従兄エディの心を破滅させる前に、よく考えてみてね』


───エドガー・アラン・ポー










万事屋の仕事と、幅広い交友関係とで銀時の一週間は殆ど埋まってしまう。
…──というのは、まあ、それなりに忙しい時期だけの話だ。
一人で仕事をしていたときは、たまに金が入れば、不特定多数といっても過言ではないゆきずりの女(たいていが玄人)と一時を過ごすという、銀時にとっては退屈と、ある欲求の達成とが半々のような時間があった。が、それも、今はとんとご無沙汰で。
夜遊びも夜の十時〜翌日の二時あたりまでが妥当なようで、それ以上は苦痛になることのほうが多い。


そんなこんなで、銀時が万事屋にいる時間は、だいたいが毎日の朝食の時間と、おやつの三時までのぐうたらな時間と、ドラマの再放送を見る夕方のひと時と、夕食の団欒、何やらどこかへ出かけても昼過ぎに戻ってくることが月に一二度、それと依頼の舞い込む頻度が高い土日は、必ず一日中スタンバッテいたりする。後は誰かと飲みに行く、パチンコなど賭け事で金儲け(むしろ逆に貧困の原因だ)、などなど独り身の萎びた独身男が辿る暇つぶしが、日常を彩るのだ。
そんな日常の隙間で、銀時は神楽を見つけると、すぐにかまってやるようにもしている。
神楽も銀時を見つけると、嬉しそうに傍に寄ってくる。どこかそれを待ちわびた感すらある。
銀時が夜いる時などは、湯上りに湿った神楽の薄紅色の髪を、戯れに、けれど丁寧に乾かしてやることもある。
たまに神楽が風呂に入る前に飲みに行った日でも、神楽が寝る前に帰ってきてそうしてやることもある。まるでそれだけが目的だったように、それでいて何の不自然もなく、優しく神楽の薄紅色を梳いて、押入れに寝かせるのだ。
新八がいない時は、一緒に外に飯を食いに行ったりもする。神楽も知っている、親しい者たちとの純粋な飲み会があったりすれば、連れて行くこともある。
また、過ごす空間はもっぱらソファーを置いた居間であるにも関わらず、距離的には一メートルも間があけばいい程度のそこで、それでも二人は一緒に過ごす時、必ずくっついてしまったりする。見た目以上、年齢以上に神楽が幼いのか、もしくは銀時が思う以上に、ふたりの淋しがり屋な性格がそうさせるのか…。
ひとえに神楽の無意識的な甘えと、銀時の一言では言い表せない彼女への執着がなせる業なのかもしれない。
話をせずとも身体のどこかをお互いに凭せ掛けようとするのは、そうしていないと不安でしかたない時があったりするからだ。
二人の間には安心と信頼がある。 けれど、それだけではなく、どこか濃密な空気が漂っていたりするのである。


だが、銀時は神楽を眺め、そうして愛でる以上のことは今はしない。
一緒に遊ぶような気持ちで膝に乗せたり、担いだり、抱き上げたり、座椅子あつかいされるまま懐にその小さな円い背をもたれさせてやったり、そのまま一緒にジャンプや雑誌を読んだり、神楽が望むままおんぶしてやったり、と。ある時など眠れず彼の安眠を邪魔しにきた彼女を一晩中相手してやったり、ある時は彼の昼寝に猫のように擦り寄ってくる彼女を文句ひとついわず腕枕してやったり、また時には大食漢の彼女に自分のぶんの飯を分け与えたり、もちろん秘蔵のお菓子だって例外ではない、格好だけでも渋る形で与えてみせたり……と―――。
これが過ぎた愛情でなく何なのだと、そう他人に非難されてもおかしくないような密接な関係を築いているのだ。
けれど、そんなかなりの傾倒ぶりを発揮していても、ただ本当にスキンシップの一環として二人がそれを認識しているのだから、疚しいことなど本当に何ひとつないし、おこらないのだ。
しかも銀時は、神楽に江戸での生活習慣以上の教育的指導を施すようなことは、一度もなかったりする。


近頃になって、これまた遊びのような延長で、気まぐれに新聞の単語や小難しいニュースの意味などを、一緒に辞書で調べてみたりを始めたが、それも毎日の朝・夕の新聞で知識を蓄えてきた神楽に、馬鹿にされないためのものだったりする程度だ。
寺子屋に通っていない神楽の一般常識は、もっぱら新八にまかせっきりにさせてある。
銀時は根本はそれでいいと思っているのだ。
万事屋にいる限り神楽は自分の生活を見ているだろう。だったらそれでいいと、考えている。
それだから銀時にとって神楽は小さな恋人のようなものだった。同棲中の、会う時間の誰よりも多い恋人のようなもの。
けれど、何年か先には手放してしまわなくてはならない恋人でもある。
事実、銀時は神楽を、恋人と全く変わらない、大切なものだと思っていた。
そんな恋慕にも似た保護欲を擬態し、そのもう一つ下層で、彼はこの少女が、自分との愛情の繋がりを生涯持ち続けていき、その深い、ぬるま湯のようなものからいつになっても抜け出せないだろうことに、甘く、濃い、ねっとりとした、蜂蜜のような予感を抱いている。
銀時は神楽が無表情な顔を脱して、それでいて全幅の信頼を寄せる──曇りひとつない眸で自分を見るようになり、そうしてその大きな瞳を自分から離さず、まるで雛鳥のように彼の指先から与えられた食べ物(愛撫)を啄ばむようになった時から、少しずつ、何かに惹かれるように到着したこの考えを、貴重なもののようにして持ち続けてきた。


一緒に暮らすようになってしばらくした神楽が、何とはなしに自分の袖や袂を掴んだり、ひっつくようにしてその二の腕に頬を寄せたり、膝の上で銀時の肩口に額を埋めたり、と。また酔っぱらったり傷ついた銀時を当然のように支えるときや、逆に、銀時が神楽を支えたり担いだり立たせてやると、その円いか細い腕で自分の首や胴をとり巻いて、銀時が好きな甘いお菓子をイタズラに彼の口に食べさせてくれるようになった頃には──、彼は完全に、ひどく年齢の違うこの少女の、いわゆる愛人的な存在に自分がなってしまったことを悟った。
神楽の「銀ちゃん」と呼ぶ時の、可愛らしい声の中には、甘えと自信とが濃く滲んでいて、その高くて滑らかな声の中には、これは特別、というような一種のアクセントが強く響いているのだ。
そしてそれは、銀時にしたってそうなのだ。


(俺は神楽の特別だ)


神楽は銀時の特別。 神楽の無い世界を考えると生きる意味がどこにも見つからない。
銀時はこの、誰の前でもは公言できかねない言葉を、密かな恋の告白のように、胸の中に大切に鎖していた。












fin



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09/29 18:36
[銀魂]




・・・・


-エムブロ-